3月22日、東京は秩父宮ラグビー場。国内リーグワン1部の第12節で、ディフェンディングチャンピオンの東芝ブレイブルーパス東京が4季連続ファイナリストの埼玉パナソニックワイルドナイツを42-31で破った。
勝者は衝突の強さと攻めのデザインに秀でていたうえ、ラインアウトの防御でも光った。要所でクリーンなターンオーバーを決める、決める。
その背景を語る時、トッド・ブラックアダーヘッドコーチ、リーチ マイケル主将は、この人の名前を口にした。
ジョシュア・シムズ。今季就任のFWコーチは、プレシーズンの時点でにわかに注目されていた。
プレーヤーの姿勢や高さについて目安を示すべく長い棒のようなものを用意したことがあるなど、特徴的かつ情熱的な指導が伝わってきたからだ。
「選手とのかかわり方、ものの見せ方は大事。何かを演じるのではなく、選手にありのままで接するのが大事。それと、どんな形でも、こちらの言ったことを覚えてくれるならそれが一番なことだから」
当の本人がこう笑ったのは昨年11月。東芝府中事業所内のクラブハウスでのことだ。
この取材のために、広報の増田慶介さんに建物の2階の一室を取ってもらっていた。
実施前にその部屋を使っていたある関係者は、次の使用予約がシムズのインタビューだと知ると、「(話が)止まらないよ」と言い残した。
その場に現れたシムズは、感情のにじむ言葉を整理して述べていた。教師の経験があり、母国ニュージーランドのほかアルゼンチン、チリ、アメリカ、タイ、イタリアでもコーチングに携わってきたのを踏まえて発した。
「異文化を知るほど、逆にその共通点に気づきます。相手への愛情、相手を思う気持ちを伝える方法は、どの国でも一緒だと感じます」
リーグワン関連のカバーは、12月下旬の開幕を前後して頻度が増す一方だった。
日本一を争う1部の試合、練習へ足を運んでは、記事化を前提に話を聞いたり、一見すると些末かもしれぬことを記憶に留めたりしてきた。
昨季まで2季連続4強入りの横浜キヤノンイーグルスを訪ねるのは、週の前半の午前練習が多い。グラウンド脇のスタンド、もしくはその背後にそびえる建物の応接室で、引き上げてきた選手やコーチに話を聞く。
あの日もそうだった。2月25日だ。
その2日前、イーグルスは昇格2年目の三重ホンダヒートとの第9節を17-20で落としていた。次に控えるのは、ここ2シーズン3位決定戦を争っていた東京サントリーサンゴリアスとの一戦だ。
取材の申し込みをしたのはそれよりも前だったが、町田のキヤノンスポーツパークへ赴くにはあまりに恐るべきタイミングだったように感じた。
その場では当然、タイムリーな内容も耳にし、追って記事化するのだが、時間が経ってから脳裏によみがえるのはそれとは別のことだった。
花粉症の症状に苦しみながら質問に答えてくれた梶村祐介主将が、2020年就任の沢木敬介監督から授かった言葉だ。
両者にとっての古巣であるサンゴリアスでも、以前選出の年代別代表でも師弟関係にあった沢木から、梶村は、週に1度ある個人面談で発奮を促されたばかりだった。
直近の実戦でよいオフ・ザ・ボールの動きやパスを披露していたのを「あれくらいできて当たり前」だとして…。
「お前があれでいいんならそれでいいけど、俺はもっと厳しく求めるよ」
その数分後には沢木監督本人にも時間をいただいたが、なぜか、それとは違う話題で意見を聞いた。
「何?」と応接室の窓側のソファに腰を据え、黒いコーヒーカップを手元に明かしたのは、ラグビーを捉える際にスタッツ(数値)をどう扱うかについてだ。
「数字は嘘つかないから、物事の基準にはなるよね。でも、俺はいつも思うのは、その数字をどう加工して、立証(の材料)にして使うか、だから。ただはい、と、数字を出して…というのは、いらないと思っている。俺は絶対に、数字と現象を(同時に)見るから」
目を引くコーチの所作と言えば、千葉の工場地帯にあるクボタスピアーズ船橋・東京ベイの現場でも印象的なものがあった。
3月22日発売の『ラグビーマガジン2025年5月号』でルポを寄稿すべく、防御を担当するスコット・マクラウド アシスタントコーチを訪ねた。
来客もありやや雑然とした拠点の一室に来たマクラウドの手元を見ると、事前に求められた質問事項に沿った緻密な回答文を持っていた。
質問が黒で、答えがオレンジで書かれていたその資料を見ながら、時折、微笑みながら、取材時点で12チーム中3位と好調な様子についてひも解いた。
相手の動きを見て判断して守れるよう促しながら、「スポッターズ」と呼ばれる控え組が次の対戦相手をコピーできるよう細かく打ち合わせをしている様子を解説したのだ。
’16年就任のフラン・ルディケ ヘッドコーチについて、こうも話した。
「単純にいい人、という印象。人格者。周りを巻き込んで、影響を与える性格です。人へのケア、思いやりも強い。人をベストな状態にもってゆく」
このように、冬から春にかけての記録、音源、思い出を本稿のために掘り起こしながら、リアルタイムで別な土地にも出向く。
3月26日に出向いたのは世田谷区の二子玉川エリア。リコーブラックラムズ東京のトレーニングフィールドだ。片方のゴールの向こう側にはロッカールーム、スタッフのオフィス、独身寮などが入った建造物があり、2階の食堂脇にある大部屋に案内された。
ワークレートを保つのにはプレシーズンからの追い込みが肝だとする元オーストラリア代表のリアム・ギルがそこへ入室し、奥のほうの椅子に座ったところを、2度目の来日でこの国のラグビーの競争力を肌で感じているという元ニュージーランド代表のTJ・ペレナラがドア越しにのぞき込んできた。
筆者を挟んで、どちらが先に問答に応じるかについて英語で打ち合わせていた。
壮観。
2人との時間が過ぎると、午後のチームセッションを眺めることができた。
この日は学校が春休みになったクラブのアカデミー生も見学していた。トレーニングが峠を越えると、タンバイ・マットソン新ヘッドコーチが中学生選手を芝に招き入れた。選手やコーチを交えて技術的なアドバイスを施す。
中盤戦から調子を上げるブラックラムズのいまのボスは、地域の学校でのキャプテンズランを発案するなどローカルとの密着を重視しているようだ。
元日本代表で現九州電力キューデンヴォルテクスの山田章仁は、若手の頃から「(チームは)急に強くなったり、急に弱くなったりしない」と述べた。このつぶやきというか独白は、時間が経つほど味わい深く反芻できる。
強化や衰退に「急」がないのだとしたら、ライターは、何らかの萌芽に気づくために頻繁にあちこちに出かけるしかない。