大事ではないか。滅多に痛がらない人が芝にうずくまっている。
ファンを心配させたのはラクラン・ボーシェー。2月9日、埼玉パナソニックワイルドナイツの7番をつけて本拠地の熊谷ラグビー場にいた。
国内リーグワン1部の第7節で、ディフェンディングチャンピオンの東芝ブレイブルーパス東京と激突していた。
前年度のファイナルと同じカードにあって、起き上がれなくなったのは後半19分頃のことだ。敵陣中盤で迫ってきた人にぶち当たった直後、しばらくその場に倒れていた。
どうやら、ブレイブルーパスの選手の指が左目に入ってしまったようだ。
「その瞬間、何も見えなくなりました」
ところがどうだ。まもなく立ち上がり、事も無げに防御ラインへ入った。
「徐々に、徐々に、視力が戻ってきたので」
28-28と同点で迎えた39分、地面に両手を下ろしてスティールを決めた。2人がかりのスイープにも動かず、勝負の決定打となりうるペナルティーキックを獲得できた。視野が狭まっていたかもしれない中のことだ。
そもそもこの日は、キックオフから出色の出来だった。
まず前半3分、敵陣22メートル線エリア付近左中間の接点へ絡む。それを先制ペナルティーゴールの呼び水とした。
続く21分には、仲間と列をなして味方FBの野口竜司が蹴った球をチェイス。トライラインに近づきながら、捕球役を取り囲んだ。近くにいた野口らがランナーへ刺さってできたラックへ、飛びついた。
「(ターゲットが)孤立していたので」
たまらず相手の援護役がその場へ倒れ込んだことで、6点目を奪うに至った。
その後もハードワークした。
走者や接点に身体を当てる際、ほとんどのシーンで腰を落とし、背筋を伸ばして上体を向こう側に差し込んだり、ボール保持者を胸元へ引き寄せたりしているように映った。衝突の局面を自分らしく支配した。
戦況を踏まえて肉弾戦に参加するか、否かといった繊細な判断も、「年数を重ねたことで、直感的にできるようになる」。結局、ドローで終えたものの、ボーシェーは自身の強みを貫いていた。
「…時々、判断を間違えはするのですが、そのことも次の試合で活かせるようになる」
身長191センチ、体重104キロの30歳。ニュージーランドのチーフスで名FLとして名をはせ、いまは来日4シーズン目にあたる。
向こうの攻めを跳ね返す、球を奪うといった、堅守速攻型のワイルドナイツに欠かせぬプレーで存在感を示す。
ハイパフォーマンスの一貫性を保つ裏では、ゴムバンドを用いたエクササイズで首や肩の周りへ刺激を入れる。「プレリハビリ」という故障を防ぐための調整だ。
「おかげで身体の状態はいい。怪我をしてリハビリに入るのではなく、プレリハビリで怪我をしないようにしてシーズンに入っています」
実戦形式のセッションでは、なるべくタックルを試みて神経を研ぎ澄ませる。
「そこで自分がファーストタックラーになるのか、セカンドタックラーになるのか、もしくはスティールの人間になるのか(を判断する)。アタックでは、突進、クリーンアウト(サポート)といった小さな要素を意識してトレーニングに取り組みます。…それらが、ゲームに向けた自分の1週間に必要なことなのです」
同僚から見たボーシェーの凄みは何か。
証言するのは長田智希。一昨季のリーグワンで新人賞に輝いた25歳のCTB兼WTBが、通称「ロッキー」のひたむきさを伝える。
「細かいところで気配りができる。ウェート(トレーニング)をしたら、最後まで残ってその辺に散らばっているものを片付けています。オフの日に自由参加のボールゲームがあれば——それに加わるかどうかで『いい、悪い』はないのですが——ロッキーは必ず来る。シーズン前も、1~3年目の若手だけが早めに集まっておこなう練習へロッキーがいる…。それらが試合に繋がっているのかどうかはわからないですけど、選手としても、人としても尊敬できます」
性格にも仕事ぶりにも真面目さがにじむ。本人はこうも述べた。
「身体の感覚がよくないといけない。それを作るには、いいプレシーズンを過ごすことが必要」
「ハイレベルなパフォーマンスを出すには、フィールドに立ち続けなくてはならない」
「ここから先、若返ることはありません。そんな中でも、健康的でフィットな状態を保ちたいです」
まさに無事之名馬。
16日には東京・秩父宮ラグビー場で第8節があり、昨季のセミファイナルでも戦った横浜キヤノンイーグルスが待ち構える。
ワイルドナイツ史上有数の職人は、例の患部を充血させながら未来をにらむ。