最初からやりたいことができた。
2月1日、の国内リーグワン第6節で、クボタスピアーズ船橋・東京ベイの先発HOを務めたのは江良颯だ。
相手は三菱重工相模原ダイナボアーズ。場所は敵地の神奈川・相模原ギオンスタジアムだった。
キックオフ早々。敵陣22メートル線付近中央で自軍スクラムを得た。最前列中央の江良は味方のFW8人とオレンジの塊を作り、緑のパックを押し返した。23歳の江良は振り返る。
「プレシーズンから積み重ねてきて、セイムページが見られているもの(形)を出そうとしました」
その後も優勢を保った。
前半14分頃に自陣10メートル線付近左で迎えた自軍ボールでも、一枚岩となりじりじりと前に出た。
8-5と3点をリードしていた同30分頃には、敵陣の深い位置でダイナボアーズボールのスクラムをプッシュ。展開された先に仲間のBKが圧をかけたこともあり、パスミスを誘った。
その約3分後には、よりトライラインに迫った位置で再度、自軍ボールを組み合った。ペナルティーキックを掴んだ。さらに35分には、そのエリアであったダイナボアーズボールの1本で、スピアーズがフリーキックを獲得。速攻に移った。37分、13-5とした。
後半10分以降は南アフリカ代表のマルコム・マークスと交代し、マークスの強さをベンチから見つめた。40-12でシーズン4勝目を挙げた。
昨季は帝京大の主将として大学選手権3連覇を達成し、年度が替わる前からスピアーズの公式戦に出てきた江良。母校が4連覇を果たす中で過ごすいまのシーズンでは、開幕から6戦連続で出場中だ。若くして、スクラムを統率する。
約2週間前の第5節では、対するリコーブラックラムズ東京に押し込まれた後に微修正し、形勢逆転を成し遂げた。江良の隣の左PRを担う30歳の海士広大に、「(リカバーは)颯主体で。自分から発信してゆくリーダーシップがある」と称賛される。その午後はスピアーズえどりくフィールドで、26-18と僅差で勝利できた。
センチ単位の駆け引きのある領域で適宜、調整をかけ、総じて優位に運べるのはなぜか。
江良は「それが僕の役割。HOとして、チームのスクラムがどういう状況下を把握し、コミュニケーションを取るのが大事」とし、ひとつのキーワードを掲げる。
『ドミノ』だ。
スクラムにおける予備動作からのあるべき作業工程を、きれいな絵を作る娯楽の楽しみ方になぞらえて語る。
「スクラムで『ドミノを倒していこう』と話しています。『ドミノ』を倒すまでの過程で何が欠けているかを見つけて(改善する)。高校、大学でも考えてスクラムを組むことが多かった。いまもそれができているかなと」
かたやダイナボアーズは、チーム内にあるべきスクラムの手順を整理するのが大変そうだった。
江良の対面でスタメンを張ったのは李承爀。帝京大の3学年上にあたる。メインスタンド下のミックスゾーンでは、まず江良と握手を交わした。続けて、「スクラムで試合を壊したな」と振り返った。
この日はもともと出場予定だった左PRが直前で欠場を余儀なくされたのもあり、最前列で息を合わせるのが難しかった。「リーグワンでは、誰が出てもいいクオリティで組めないと」とし、こうも述べた。
「前半は相手が低いスクラムを組んでくるのに対して(江良は身長170センチ)、自分たちがファーストパンチを食らわすべきところで後手を踏んだ。うまくいかない時に立ち直る点がなかったので、ずるずる行かれてしまった気がします。相手がどうこうというより、自分たちがばらばらだった」
三重ホンダヒートから移籍1年目。クラブからは、かねてアキレス腱と叫ばれていたスクラムの強化が期待されている。本人も「いくらフィールドプレーがよくても、(スクラムなどの)セットプレーからすべてが始まるという重みを全員が理解しないと勝てないです」と訴える。理想と現実との距離感を把握したうえで、土台を築くつもりだ。
開幕前の11月には、欧州遠征中の日本代表に追加招集された。現地時間24日にはトゥイッケナムスタジアムで、弟の承信(現コベルコ神戸スティーラーズ/おもにSO)から約2年半、遅れて代表デビューを飾った。
イングランド代表戦に14-59で敗戦。世界の強さを知った。何より、その初陣に臨む前のトレーニングの時点で、日本代表の「速さ、強さ、クオリティ」に驚いた。
「ついていくのに必死でした。ただ、その中でいい経験ができました」
それでも地に足を付ける。秋のジャパンがテストマッチ1勝3敗と苦しんだが、その輪にいた李はこう述べる。
「人間って、悪い時には人のせいにしたり、(課題から)逃げたりする生き物です。その時にいかに自分にベクトルを向けるかが大事です」
李の元チームメイトの江良も、シーズン終了後の代表入りを狙う。ゲームを終えるたびに、新任で防御担当のスコット・マクラウド アシスタントコーチのレビューを受ける。守備のリーダーのひとりとして、改善点をあぶり出してから翌週の練習に励む。
それぞれ離れた練習場で、切磋琢磨する。