仲間に「余計なこと」を喋らないようにしているという。
しかし新シーズン初戦前を前に、稲垣啓太は訓示した。
「一発目、絶対に頭から行け」
その心は闘争宣言である。
2季連続準Vでレギュラーシーズン全勝の埼玉パナソニックワイルドナイツは、初年度の決勝で下した東京サントリーサンゴリアスを各々のファーストコンタクトで黙らせにかかった。
立ち上がりにトライラインを背にしながら、自前の組織防御で穴という穴を埋めた。何よりFLのベン・ガンターが、CTBのダミアン・デアレンデが、さらに左PRの稲垣がナタのようなタックルを浴びせた。
国際経験の豊富な「笑わない男」が発破をかけたこともあり、各国代表格の面子が守りのシステムに筋金を通した。その一員で日本代表SHの小山大輝は言う。
「特に焦りは、なかったですよね。(ボールを横に)回されて…というだけでゲインを獲られた(突破された)イメージはなかったです」
最初のピンチを防げば、攻めても衝突また衝突。じりじりと前に出るうち、SOの山沢京平が深くためてからのパスを繰り出した。正司令塔候補から球を得たのは兄でFBの山沢拓也。ラインブレイク。前半12分、3-0とした。
以後ノーサイドまでの間、敵陣22メートル線エリアに侵入した機会はサンゴリアスのほうが多かった。ただし、その区域へ突入してそのまま得点した回数はワイルドナイツがサンゴリアスの3倍を記録した。
京平曰く「内側に寄っていた」というサンゴリアスの守備網を連係で崩して13-0としたのは同38分だった。
CTBのディラン・ライリーの切れ味あふれるランからペナルティーキックを得て、敵陣22メートル線左からのリスタートをパスワークと滑らかな走りで仕留めたのは後半13分である。
ここで25-7と勝負を傾け、ボーナスポイント獲得後のラストワンプレーをペナルティーゴールで終結させた。33-12。
何よりその間も堅陣は保たれ、FLのラクラン・ボーシェーが特に出色の出来だった。
キックオフ早々の危機を乗り切る際は、自らのジャッカルで止めを刺した。まだ25-7だった後半19分頃には、自陣ゴール前中央でターンオーバーを成功させた。
こちらも好守で魅したSHの小山は、ボーシェーの妙技に「やっぱり、凄いっす。心強い」とうなり、集団としての強さに言及した。
「組織全体でこういう風に守るよ、というものは、他のチームよりもレベルが上がっているのかなと」
リザーブのHOとして統率力を示した堀江翔太は、昨季限りで引退。国内屈指のSOだった松田力也も、トヨタヴェルブリッツへ移った。グループの生態系が変わり、若手主体で臨んだプレシーズンマッチでは惜敗し続けた。
もっとも開幕前の宮崎合宿で、各国を代表する主戦級が勢揃いした。おこなったのは交通整理だ。プレーの合間の円陣では若いゲームリーダーが主体的に話すよう徹底したり、長年息づく防御システムの詳細を再確認したり。
タックルとセービングで光ったHOの坂手淳史主将はこうだ。
「ワイルドナイツとしてどうアタック、ディフェンスをするかのディテールにこだわりました。きつい練習をしたかと言えばそうではなくて、自分たちの中でのワークショップでコネクションを高め、グラウンドでも短い時間で有意義なコミュニケーションを取りながら動いた。ただただやり込んだというより、深く理解したという表現が正しいと思っています」
その延長線上で、今度の80分を作った。
後半は反則が8つとかさみ、しばし向こうのモールに手こずっている。
この競技では、寝たままではプレーできない。ジャッカルが決まったかと思えばその周りで走者の下敷きになっているタックラーがいて、それがペナライズの対象となったと坂手は見る。
「ジャッカルに入ってボールを獲り返すのがこのチームのよさ。それを有効化するには、いいタックルをして、はやく(その場を)どく。それを意識的にやるのが大事です」
決定力に欠いたかもしれぬサンゴリアスと同様、ワイルドナイツが伸びしろを残したのも確かだ。ただ総じて、従前の勝ち筋への自信を保てたことに価値を見出す。
仲間に「一発目、絶対に頭から」と切り出した稲垣は、故障後初の公式戦でもあったこのゲームを経て「ずっとリードを奪う展開でしたけど、怪しい部分もありました。両チームに差はなかったと思います。ただ、メンタリティの部分で上回れた」と総括した。