雨がそぼ降る、新潟のデンカビッグスワンスタジアム。前半のスクラムの場面。レフリーの「セット」の声が聞こえる。
自分は3番。向こうは2番。お互いの左耳をこすりつけ、左肩をぐいぐいと押し合う。
原則は「まっすぐ押す」。しかしそこには当然、駆け引きが生まれる。少し引いたり、待ったり、あるいは角度をつけたり…。
そして、こまかな策略は組み合う前から始まっている。
6月2日におこなわれた、春季大会の早明戦。
そのファーストスクラムの直前、明治の右プロップ倉島昂大は、早稲田のフッカー佐藤健次に「口」で仕掛けられていた。
「そっちは余裕でしょ」
「足、太いな」
中学、高校ではチームメイト。付き合いは10年に近い。それぞれの最終学年では、横浜ラグビースクールと桐蔭学園をともに日本一へと導いた仲だ。
現在はライバル校所属の旧友。対戦相手となって初めて組むスクラムである。この4日後には日本代表合宿に合流し、JAPAN XVの一員としてマオリ・オールブラックスとの2試合に出場する、赤黒のキャプテンは主導権を握るために心を乱そうとする。
紫紺のタイトヘッドプロップは「うるせえよ」と返すのが精一杯だった。
「余裕を見せようとする感じが(中学や高校時代と)変わってないな、と感じました。それに春とはいえ早明戦でスクラムを組む前に、ある意味でふざけられるメンタルはすごいな、と」
この試合はひどく押し負けたわけではないのに「圧倒」された。ペースを握られて立て直せないまま、試合終了のホイッスルを聞いた。とくに違いを見せられたのが駆け引き。佐藤健次を中心とする早稲田のフロントローはやや引き気味に組み、レフリーへのアピール、見せ方も巧みだった。
試合後、「お前、引いてただろう?」と問うと、平気な顔で「全然」と返ってきた。
「自分たちは真正面から組むことにずっと取り組んできて、駆け引きの部分を少し怠っていました。そこで一本取られた感じですね」
出会いは中学2年。自身が所属する横浜ラグビースクールに佐藤が高崎からやってきた。翌年には同じチームでプレーするようになり、その高い能力に気づかされる。フォワードながら俊足。ウイングのような役割を担い、毎試合のようにトライを積み重ねていった。
倉島が体格を活かしてゴール前まで運び、最後は佐藤が仕上げる。このお決まりのパターンで2017年度の太陽生命カップを制し、全国の中学クラブチームの頂点に立った。
そして何よりも、いつも楽しそうに過ごす姿が印象に残っている。
「誰とでも仲よくできるタイプで、本当に毎日笑っていた感じがしますね。負けたら人一倍悔しがるんですけど、次の日にはケロっとしている。たぶん、いまでもそんな感じだと思います」
高校はともに桐蔭学園へ進学。佐藤は早々にナンバーエイトのレギュラーポジションをつかみ、倉島も徐々にチーム内で存在感を発揮する。3年時には佐藤は主将を任され、倉島は左プロップでスタメンの座を獲得。圧倒的な強さでチームの花園連覇に貢献した。
大学進学に際して、進路は分かれた。「フォワードで成長したい」倉島は明治へ。佐藤は桐蔭学園のキャプテンを経て早稲田という王道を選んだ。
現在の紫紺の右プロップは入部早々に洗礼を浴びる。周りの先輩があまりに大人びて見え、「通用するのだろうか」と不安にかられた。
また1番として入部したものの、同期のフロントローには3番がいなかった。高校2年時に同ポジションを経験していた倉島は、滝澤佳之アシスタントコーチに「やったことあるのか」と聞かれ、正直に「はい」と答えた。すると翌日には、メンバーボードの名札が3番の位置に動かされていた。
慣れない環境に加え、慣れないポジション。面食らう出来事が続くなかで、7月の日大とのB戦で光明を見出す。初めての対外試合で途中出場。先輩の倉田真(現・狭山RG)、中山律希(現・静岡BR)とともにフロントローの一員として並んだ。ただただ気持ちを込めて懸命に踏ん張ると、自分でも思いのほか、いいスクラムが組めた。
「不安はありましたが、絶対に負けたくないという気持ち、気合だけで組みました」
それはいまもあまり変わらない、と自虐的に笑うが、田中澄憲監督(当時)や滝澤コーチにも評価されて自信をつけた。
しかしAチームでの出場はなかなか叶わない。2年時には左肩の脱臼で約半年の時間を棒に振った。3年生になった昨季も、3番は為房慶次朗(現・S東京ベイ)、18番はひとつ下の富田陸といった実力者の壁に阻まれ、紫紺を着る機会は片手で数えられるほど。首脳陣の本当の信頼を勝ち得るには至らなかった。
一方、旧友は早稲田で実力を存分に発揮していた。1年生ではナンバーエイトでレギュラーを張り、2年時にフッカーへと転向。慣れないセットプレーに苦しみながらも、そのスケールの大きさで将来を嘱望される存在となっていた。
「いまの自分では到底太刀打ちできない立場で、それでも追いつかなきゃいけない。あいつがグラウンドに立っているなら、俺も同じ場所に立って戦いたいし、スクラムも組みたい。そういう気持ちは強くありました」
それが実現したのが最上級生になった今季、冒頭の試合だった。そして前述のとおり、駆け引きで翻弄された。そのリベンジのチャンスが、目前に迫る100回目の早明戦だ。
「今回は明治のスクラムを組む。自分たちの姿勢を崩さないことを重視しています。なにより早稲田のペースにのらない。ここまでの(早稲田の)試合を見ていると、亀山(昇太郎)が1番と2番の間を割って入ってくる。その対策に取り組んでいますし、結局は真正面から組み合う感じになるんじゃないかな、と。もちろん駆け引きもしますけど、明治のスクラムを全力で早稲田にぶつけていきたい」
明治のタイトヘッドプロップはナンバーエイトと並ぶ、紫紺フォワードのエリートポジション。身長173センチ、体重108キロ。チームの右プロップでもっとも小柄ながら、大役を任される。そこには当然、強い矜持がある。
「スクラムで明治を体現していかなければいけないというプレッシャーはすごくあります。でも、こういう立場を任されている以上は、自分が臆するようなことがあってはいけない。チームに悪影響を与えないように、気持ちが9.5割ぐらいの感じで組んでいます。それと4年間の経験で培ってきた臨機応変な対応力で、自分にできるベストのスクラムを見せたい」
ちなみに対抗戦の優勝もかかるメモリアルゲームだけに、連日、多くのメディアで特集が組まれるなど、近年では極めて注目度が髙い。
「スクラムで勝てば、バックスがしっかりとトライを取ってくれる。だから一つひとつ目の前の仕事をやり遂げて、結果的にチームが勝てばいいと考えいてます。今年は早稲田がいちばん強いと思っているので、最後は大学選手権手権の決勝を秩父宮で戦いたい。スクラムの殴り合いみたいなゲームをして、ギリギリ一歩だけ明治が上回って勝つ。そんな試合をしたいですね」
旧友との決戦に向けては、ひそかな企みもある。
「あいつは調子が悪くなると黙るタイプ。今回はこっちが先に何か仕掛けてもいいかな」
そう言って、目を細めた。