ラグビーリパブリック

「抜擢」の醍醐味を紐解く。「中竹竜二×野澤武史」の本音トーク

2024.11.27

この春に早大2年ながら日本代表に抜擢されたFB矢崎由高(撮影:イワモトアキト)

「僕は大学時代にジャパンになって、その後芽が出ずに終わったタイプ。だから個人的にもすごく親近感があるテーマなんです」

 対談テーマについての率直な思いを明かしたのは、慶應義塾大学在学中に日本代表に抜擢された経験を持つ野澤武史氏。

「ゴリさん」の愛称で親しまれる元神戸製鋼(コベルコ神戸スティーラーズ)の野澤氏は、現在、日本ラグビーフットボール協会でユース世代のタレント発掘を統括する「ユース戦略TIDマネージャー」を務めている。

「そもそも抜擢して成功するパーセンテージを高く見積もりすぎている気がするな。1%とか2%でも上手くいけば、という感じでいいんじゃないかな」

 気軽にこう応じたのは、早稲田大学ラグビー蹴球部主将を務め、その後監督に就任し全国大学選手権2連覇を達成した中竹竜二氏。2010年に日本ラグビー協会のコーチングディレクター(指導者を指導する立場)に就任し、2012年から3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチも務めた。

 現在、中竹氏は「日本オリンピック委員会サービスマネージャー」として、オリンピック競技の指導者育成を主導するなど、日本スポーツ界で広範に活躍している。

 日本ラグビー協会で「コーチングディレクター」と「TIDマネージャー」として関係を深めた二人が語ったテーマは「抜擢」。

 テーマの念頭にあったのは2024年、早稲田大学2年生在学時に第2期エディー・ジャパンに“抜擢”され、日本代表の背番号15に定着している矢崎由高だ。

 中竹氏にとっては母校の後輩。日本ラグビー協会でタレント発掘を担当している野澤氏にとってはかけがえのない金の卵。かつての自分の失敗を踏まえ、中竹氏にその成功法則を聞いた。

■抜擢された個人はどう受け止めるべきか

野澤 抜擢に関する難しさは、『個人側』と『組織側』の両面に存在すると感じてます。まず『個人側』でいうと、私自身の経験からも、抜擢されることで自分を過信してしまうことがありました。その結果、抜擢が必ずしも本当の成長につながらない場合もあるのではないかと感じています。抜擢された個人はどう受け止めるべきなのでしょうか?

中竹 それ自体、試されていると思った方がいいのでは。人材育成の世界で注目されている「成人発達理論」でいうと、人間の成長には2つの側面があって、一つはスキルや能力の「横の成長」。もう一つは人間性が豊かになり、器を大きくする「縦の成長」がある。

 抜擢されたときに調子に乗って勘違いしてしまうのは、縦の成長がまだ追いついていない場合。勘違いして「謙虚に自分を受け入れたり」「人の話を聞いたりする」姿勢が伴わないと、その後さらに失敗することが多い。ただ、実は抜擢が失敗だったというより、抜擢されたことによって、自分自身の普段は見えなかった内面的な部分が見えるようになったと捉えるべきだと思う。

野澤 なるほど。耳が痛いと言いますか、まさに大学時代の自分のことですね。

中竹 その失敗によって「調子に乗ってしまった、自分が勘違いしていた」と気づいて、例えばゴリのように引退後に復活する人もいる。良い意味で、それが気づくきっかけになれば良いよね。

野澤 だからこそ、抜擢は時間軸で見てあげることが大事ですね。抜擢した側は一度の失敗で「さよなら」とするのではなく、追跡していく責任が伴うのだと思います。人間は長い人生の中で成長し続けるものですから。

 中竹さんは早稲田の4年生の時、試合に出ていなかったにも関わらずキャプテンに選ばれました。清宮さん(克幸・元早大監督)の後に監督になったのも抜擢だったのではないかと認識しています。当時はどう受け止めていたんですか?

中竹 周りには「なりたくなかったけれど抜擢された人」がいて、そういう人たちの方が成果を上げる割合が高い気がしてる。「有名になりたい」とか「目立ちたい」という思いではなくて、抜擢されて「役割を背負う」という自分の認識ができると、たとえ辛くても今やるべきことが明確になる。

 私は(早大で)キャプテンをやりたくなかったし、卒業後ラグビー界に戻るつもりはなかったけど(2006年の早大監督就任時)清宮さんの後に誰かが必要だと思って、踏み台として後の誰かにつなげるという「期間限定の使命感」を持った。その役割を受け入れることで、自分の心に強くいられた。なぜなら、評価されることに執着がないから。上手くいかなかったときは「それを選んだ側の問題でしょ、自分は全力を尽くした」と当時は思っていた。

■「抜擢」の波及効果

中竹 もしかしたら、今年、矢崎君が抜擢されたことで「いや俺は負けてないぞ」と頑張る人たちがいることで、その抜擢の意味がさらに深まるのかもしれないね。

野澤 なるほど。“抜擢戦略”の結果は矢崎君だけに止まらず、ラグビー界という視点で見ることが重要ということですね。

中竹 エディーさんが若い選手を抜擢することで、今の高校生や中学生に火をつけるきっかけになれば、それは抜擢の話というよりもメッセージだよね。これは会社でも同じで、今は若手優遇が進んでいるけれど、それがメッセージとして発信されているだけで、一人ひとりの話ではなく、全体としてのメッセージだということを理解することが大事だと思う。

野澤 抜擢はプロジェクト全体の中で、当人以外が成長することも含めて評価していく必要があるんですね。抜擢された人は、その荒波を楽しんでいけばいいということですかね。

中竹 あと、立川理道君みたいな復活組の選手もいるよね。

野澤 それも抜擢の一種ですよね。

中竹 そうそう。ベテランをもう一度戻すということもメッセージだったりするし、面白いのは、やっぱり強いチームを作る時、単にフィールド上に強いチームを作るだけじゃなく、ファンが喜ぶチームのエッセンスを加えることも大事だということ。

 ラグビーもそうだけど、バスケとか野球ではベンチの振る舞いがめちゃくちゃ重要だったりする。試合には出ないけど、ベンチにいる時の態度が良いからその選手を入れよう、みたいな場合もある。フィールド上のスポーツはパフォーマンスだけが基準になりがちだけど、もう少し俯瞰的に見てもいいかなって気がする。

野澤 めちゃくちゃ面白いですね。オフ・ザ・フィールドも含めて全ての人事決定がメッセージになり得るということですね。単に抜擢された選手がどうなるか、と狭い範囲で「抜擢」という施策を考えていました。

■抜擢する『組織(チーム)側』の難しさとは

野澤 抜擢する『組織側』の話を移すと、組織に抜擢を支える仕組み・制度が整っていない場合もありますし、抜擢に伴って生じる人間関係や感情の問題も無視できないです。抜擢されなかった人たちへの配慮など、組織側の課題はいろいろあります。

中竹 よく言われているのは、採用方針や育成方針、または採用戦略や育成戦略が、会社の経営戦略と結びついていない場合、それはほぼ失敗するということ。
 たとえば『優秀な人材を採用する』という目標を掲げていても、何をもって『優秀』とするかの基準が明確でない場合がある。

 従来型の採用基準では、論理思考やコミュニケーション能力が高く、チームで良好な関係を築ける人材が重視されることが多いけど、いざ入社してみると『これからはイノベーションを起こせる人材が必要だ!』といって方向転換して、『新しいことに挑戦し、失敗を恐れない人材』を育成しようとする。ただ結果的にイノベーティブな研修を導入しても、採用時の評価基準と育成方針が噛み合わず、チグハグになってしまう。

 論理思考ができる人材と、イノベーティブでチャレンジ精神旺盛な人材は、基本的には相反するもの。それにも関わらず、採用後に育成で何とかしようとするのは本末転倒。こうした課題は多くの企業であること。

 例えば日本ラグビーの現状についても同じことが言える。
 ニュージーランドやアイルランドでは、ラグビーの戦略や戦術、育成方針が組織として確立されていて、その方針に合ったヘッドコーチしか採用しない。

 一方で日本は今回の選手選考もエディーさんが選んだというだけで、エディーさんの後任がどういう方針を取るかは決まっていなくて、その結果、選手への投資が回収できない可能性もある。
 ただ、それが悪いわけではなく、日本ラグビーの現状を考えれば仕方がない部分もあって。『日本ラグビーとはこういうものだ』と固めすぎず、少し迷走しても良いのかなと。

野澤 なるほど。その『迷走してもいいのかな』という考えには、どのような観点があるんですか? まだ組織として成熟していないからこそ、いわゆるハイリスク・ハイリターンな選択肢に賭けてみたり、失敗を繰り返しながら成長していくべき時期だ、という発想でしょうか?

中竹 失敗を繰り返すというよりも、むしろ『検証する』視点が大事だと思ってる。よく「失敗を恐れず挑戦しよう」というけど、単に失敗を繰り返すだけでは意味がない。重要なのは、チャレンジしたことが本当に機能しているのかをしっかりと検証すること。PDCA(Plan・Do・Check・Action)サイクルで言えば、特に「チェック」と「アクション」の部分を確実に行うことが大切。

 例えば、『エディーでやってみよう』という方針自体は悪くないけど、その選考基準や戦術がどう機能したのかをきちんと検証する仕組みがなければ、ただの迷走で終わってしまう。迷走というのは単に方向性を見失うことではなく、実験や検証を行った上でのプロセスであるべきだと思う。

野澤 また、抜擢をする時って、ラグビー界全体に停滞感があるときですよね。エディーさんの抜擢は、みんなの心を射止めましたよね。

中竹 単純に、あれだけ選手を入れ替えてよく普通に試合をしたなと思う(対談は2024年秋ツアー前)。プロモーションとしては大成功だし、一度入れ替えるというメッセージも良かった。選手たちの声もポジティブで、(第2期エディー・ジャパンは)良いスタートを切ったなと感じた。

■抜擢されて活躍する人材とは

中竹 すごく印象的だったのは、最初に(ヘッドコーチとして)U20代表を見たときに、松田力也(19・23年W杯日本代表)が高校2年生でいた。それでいろんな条件をクリアして遠征に連れていったら、彼は人と仲良くする力があるし、先輩をいじれるメンタリティも持ってるから、本当にすごく馴染んだ。一方で(抜擢したいけれど)メンタリティ的に厳しい選手もいて、彼は遅咲きかなと思っていたらその通りだったな。

野澤 なるほど。めちゃくちゃ面白いですね。オフレコで詳しく教えてください(笑)。

中竹 大半は大丈夫なんだけど、繊細な選手もいるんだよね。

野澤 僕自身は抜擢されて勘違いして失敗しましたけど、失敗したのも笑いにできるというか、『これはこれで儲けたな』みたいな図太いところがある。その一方で、『抜擢されて注目されたのに結果が伴わずイヤになっちゃってスポーツに戻れなくなった』というような場合も考えられるわけで、やはり会社で言えばマネジメント側の人間が責任をもって判断しなければいけないと改めて感じます。

■もし2人が抜擢された大学生選手の監督だったら?

――もしもお二人が今、早稲田大学の監督だったとしたら、日本代表に抜擢された矢崎選手にどんな声を掛けますか?

中竹 絶対に最初に伝えたいのは、「結局ラグビーはチームスポーツなので、監督が変われば戦略も変わる。それに対応できる代表選手になってほしい」ということですね。
 エディーさんの「超速ラグビー」しかできない選手は、監督が変われば無用になってしまうので、違う監督の戦略にも柔軟に対応できる選手になってほしい。それが本当の良い選手だから、そのつもりで、チームに戻ってきたらチームのラグビーをしてほしい、ということはちゃんと伝えたいです。

野澤 まさにそこですね。

中竹 「ジャパンではみんなこれで動いてくれたのに、なんでここでは動かないんだ?」と勘違いする選手になってほしくないですよね。

野澤 僕もありました。染まって帰ってきて、ジャパンのTシャツを練習で着てジャパン用語を使ってみる、みたいな(笑)。今思い返すと恥ずかしい(笑)。でも「対応できる選手に」というメッセージは受け入れやすい言葉だと思います。本当の一流はどんな指導者の下でも重宝されるんです。これは現役時代の経験則です。

中竹 とはいえ、せっかく日本代表に選んでくれているから、代表軸で考えてほしいですね。早稲田を勝たせることも大事ですが、この人材を育てる責任を考えたほうが結果的に早稲田が強くなると思う。育て方としては、「ジャパンと共に育てます」というイメージですね。

野澤 中竹さんがそう仰ったので、僕は違う観点で言うと、もし彼(矢崎)が慶應にいたら慶應古来の練習を徹底的に提供する(笑)。徹底して泥臭いことを反復する機会を自チームが提供してもいい。強度の高い試合が続いて頭脳も経験値も蓄積されて帰ってくるでしょうから、繰り返す中でしか得られない練習機会を作って、頭脳とのバランスを作ってあげてもいいのかなと思います。卒業した後、同期との昔話にも参加できますし(笑)。

 僕が代表に参加したことでその後『失敗したな』と思ったことは、21歳で代表の環境を経験して成長したと思う一方で、その成長を『良い環境』に委ねてしまったこと。その結果、『神戸製鋼に行かないと成長できない』というマインドになってしまった後悔があります。それはいま振り返ると得ではなかったなと思います。

 結局最後は自分が自分のことを成長させ続けていかなきゃいけない。そこに回帰できるような機会を作ってあげるのも一つの手かなと感じています。

Exit mobile version