高校3年生の上ノ坊友騎(うえのぼう・ともき)はラグビー三兄弟の末弟である。
長兄の悠馬と次兄の駿介は漆黒ジャージーの天理大で中心選手に育っている。
「兄が2人いてよかったです。格好いい背中を見て、僕もこうなりたいと思います」
上ノ坊の切れ長の目はさらに伸び、ぷっくりした血色のいいほおは希望に膨らむ。
鼻の下にはかすかな裂傷があった。
「試合で頭から落ちました」
こともなげに笑う。兄2人に劣らぬ勇者ではないか。上ノ坊は紫ジャージーの尼崎市立尼崎でNO8主将だった。短縮表記は「市尼」で、「いちあま」と親しまれている。
その上ノ坊の高校ラグビーは兵庫県4強で終わった。11月2日の関西学院戦は7-74。104回目の全国大会予選だった。
大敗にも市尼は意地を見せる。後半24分、トライを挙げた。上ノ坊は運動量の豊富さで2回ボールに絡んだ。ラインアウトからの展開で、タックルを入れさせてボールをつなぎ、再びポイントから持ち出す。仲間はそこからキックを上げ、トライにつなげた。
上ノ坊は表情を崩す。目がなくなる。
「点差があったので、トライを1本、獲りたかったです」
渡邊雅哉は評価する。
「市尼らしい、いいトライでした」
県大会委員長であり、8強戦で負けた県立の芦屋の監督である。同じ公立校だ。
「ポイントができれば、ディフェンスは並び、スローダウンさせられます。その流れから裏へのキックはウチの部員ではできません。市尼の攻撃的なイケイケラグビーが出ました」
市尼は選手の判断を尊重する。このキックが失敗していたとしても監督の吉識伸(よしき・しん)は責めない。上ノ坊は言う。
「ずっと自由にさせてもらえました。ここに来てめちゃくちゃよかったです」
県4強は県民大会(春季大会)などと並び、上ノ坊の3年間の最高成績だった。
吉識は50歳のベテラン指導者である。フロントローとして報徳学園から大阪体育大に進んだ。「ヘラクレス軍団」と呼ばれた強い時代を支えた。保健・体育教員でもある。
先月、吉識は上ノ坊の応援に行った。佐賀での国民スポーツ大会(旧・国体)の県代表に選ばれた。市尼からはただひとりだった。
「先生が来てくれて、うれしかったです」
オール兵庫と呼ばれるチームの軸は春の県1位校の報徳学園。23人中14人を出した。
兵庫の1回戦は島根。石見智翠館の単独チームだった。今春の25回選抜大会で準優勝している。上ノ坊は右FLで先発した。試合は10-14だった。
敗戦にも個人的な成長は示せた。石見智翠館は進学先の候補のひとつだった。3つ上の次兄はここで学んでいた。
「そんなにうまくなかったです」
当時はレベルが高いと感じた相手と選抜チームとはいえ戦えた。鍛錬を物語る。
市尼に進んだのは4つ上の長兄がいたという理由もある。学校創立は1913年(大正2)。現在は普通科と体育科を持つ。上ノ坊は体育科だ。住まう三田(さんだ)は学区になるが、この科は県下全域から通える。
ラグビー部の創部は1948年(昭和23)。学制改革で旧制中学が新制高校になった年に定められている。長い歴史を持つが、春の選抜や冬の全国大会の出場はない。
市尼と石見智翠館に分かれた年子の兄たちは天理大で一緒になった。長兄は4年のFL。次兄は3年でFBやSOをこなす。長兄はこの秋のシーズン、4戦中3試合、次兄は4戦すべてに先発している。
この2人はリーグワンからの注目を集める。長兄はすでに内定を得ており、次兄は争奪戦の最中だ。リーグワンの採用担当者は話す。
「10チームくらいからオファーがあるはずです」
次兄は高校卒業時、U19日本代表候補のエキシビションマッチに出場している。
上ノ坊が志望するのもその天理大だ。少しすれば推薦入試の合否発表がある。
「兄2人が行っているし、優勝した試合を国立で見ました。感動しました」
天理大は2020年度、大学選手権を初制覇する。57回大会は早稲田に55-28だった。
合格すれば、次兄とは4年生と新人として同じチームでプレーできる。
「楽しみです。いずれ3人で一緒にやってみたいです」
2人の兄は優しい。
「ゆうまは長男だけどカツガツ言わないし、しゅんはスパイクを買ってくれました」
呼び捨てや短縮を許す弟愛がある。
この兄たちの影響で上ノ坊は競技を始めた。三田ラグビークラブジュニアに3歳で入り、幼小中を過ごした。そして、大学もその兄たちを追うことになる。
入学後、すぐに動ける準備はしている。関西学院に負けた翌3日から、新チームの練習に参加している。
「体づくりをしとかないといけません」
敗戦の悔しさはない。
「やりつくしました」
すがすがしさが漂った。
望みは身長を伸ばすこと。センチでは上ノ坊は172、長兄は183、次兄は182だ。
「一時期、朝と夜、牛乳を飲みました」
長兄を3年間見た吉識は思い出す。
「悠馬は高3の1年でぐっと伸びました」
その伸びは10センチ近い。上ノ坊はまだ可能性を残している。
その珍しい名前の由来は知らない。
「さあ…」
ニッコリと首をかしげる。三男坊らしいこのおおらかさも含めて、新しいステージでは兄2人に並ぶ選手になってゆきたい。