紫紺の1年生の司令塔には、ライバルがふたりいる。
ひとりはチームメイトで尊敬する先輩。もうひとりは気の合う同い年の友人で、いまは赤黒のジャージーを身にまとう。
萩井耀司の大学ラグビーは華やかに幕を開けた。
高校3年時、春の選抜、冬の花園と桐蔭学園を2冠に導き、堂々たる実績を残して明治の扉を開く。早々にメンバー入りすると、春シーズンはAチームが戦った全7試合に出場。うち5試合でスターティングメンバーにリストアップされた。
複数の上級生が、「周りがよく見えている」と評価する。その広い視野を土台に、状況を把握しながら丁寧なパスとキックでゲームを組み立てる。プレースキックの精度も高い。
では盤石の地位を築けたのかと言えば、現状の立ち位置は難しい。春は一学年上の正スタンドオフ候補、伊藤龍之介がU20日本代表に招集され、大半の時間、八幡山を留守にしていたからだ。代表活動の合間を縫って唯一出場した春季大会の東海大戦(6月16日)。萩井に代わって後半からピッチ立った伊藤龍は出色のパフォーマンスを見せた。
練習時間が少なかったにもかかわらず、トレーニングで試したプレーをそのまま再現できていた。前が空いたとわかれば積極的に仕掛け、さらにはリーダーシップも目に見える形で発揮。出番を終えてベンチで戦況を見つめるルーキーを驚かせた。
違いを思い知らされてから、およそ4か月。関東大学対抗戦では開幕戦こそ10番を任されたものの、以降の3試合は常に着ていたいジャージーを譲る状況が続いている。背番号は22、22、15。現実の厳しさを身をもって味わっている。
「メンバー入りできているのは素直に嬉しいです。ただ、やっぱり少し物足りないというか、もっとスタメンで出たいっていう気持ちがいちばんですね」
同じポジションに優れた選手がいるのは、多くを吸収できるという意味では幸せだ。実際、入部当初には、「先輩にいろいろ要求されるだろうけど、それよりも先に自分のしたいことを伝えたほうがいい」と教わった。そのアドバイスはいま現在に活かされる一方で、出場機会はどうしても限られる。それでも視線を落としたままでいるつもりはない。
「僕自身、それを望んで明治に入ったので。自分が折れずに頑張るだけです。(この状況を)嫌だとは思わないですね」
高野彬夫HCの方針もあって、今季の明治BKはひとりの選手が複数のポジションをこなす。日体大戦の後半では自身がスタンドオフ、伊藤龍がインサイドセンター、立教戦は伊藤龍が司令塔の位置に入り、萩井は高校2年時に経験済みのフルバックを務めた。背番号にこだわらなければ共存は可能だ。しかし、それでは自分を納得させられない。
「僕は10番で出たい」
ゲームメイクを任される立場ゆえに責任と重圧は大きい。だからこそ、その役割をまっとうしたい。
「10番のゲームコントロールで、その試合の勝ち負けが左右されます。もしミスをしたときに気持ちが落ちてしまうと、周りの士気も下がってしまう。チームの心臓で、試合中いちばん頑張らないといけないポジションだと思っています」
もうひとりのライバル、早稲田の服部亮太の存在を正しく認識したのは高校3年のときだった。春の選抜大会、佐賀工業の試合を眺めていると、BKに図抜けた選手がいると気づいた。素直に「すごい」と感じた。
今年3月におこなわれた、高校ジャパンのイタリア遠征ではチームメイトになった。10番(萩井)、15番(服部)のタテの関係で3試合を戦い、改めてその実力を知った。
「本当にすごいと思います。全部うまいです」
いま大学ラグビーで最大の注目を集める赤黒のスタンドオフは、賞賛を浴びるキックだけでなく、ランもパスも高いレベルでこなす。
対抗心を持ちながらも、前述の高校ジャパン招集をきっかけに友情を築いた。遠征中は常に行動をともにし、入学直後には食事にも出かけた。普段も連絡を取り合い、10月20日のジュニア早明戦で再会した折には長時間話し込んだ。
ただ不思議なことに、15人制ではいまだ直接対決の経験がない。高校、大学とすれ違いが続く。
もしや12月1日に予定される100回目の早明戦で相まみえたら? ともに背番号10のジャージーに袖を通したとしたら?
「嫌ですね。なんか嫌ですね。でも楽しみでもあります。仮にスタメンではなくても試合をしたいとは思っているので。負けたくないですね」
いつか訪れるであろう友との対戦に向けて、そして不動の司令塔となるため、自主練習に非常に多くの時間を費やす。重視するのはキック。春はほぼ毎日、徹底的に蹴り込んだ。シーズンが始まってからはウエートトレーニングに割く時間も増えたが、怠る日はほとんどない。ロングキックは必須、日によって50:22やドロップゴールを蹴り分ける。
わかりやすいほどの練習の虫だ。入学から今日この日に至るまで、休んだのは7月のオフの2週間だけ。そのうち後半の1週間はウエイト、キック、ランニングをこなした。チームの活動がない月曜も、試合の翌日も必ず体を動かしている。
「やはり試合に出たいので。そのためには自分の武器をひとつでも突出させないといけない。人の見ていないところでトレーニングをして、全体練習の場でしっかりアピールできるように心がけています」
対戦相手の研究にも余念がない。映像を丁寧に見る。「勝つための準備をしっかりしたい」と高校時代に始めた習慣だ。次に戦う筑波(11月3日)の対抗戦の試合はすべてチェック済み。相手の強みと弱点、どうすれば自分たちが有利にゲームを運べるか。すでに頭に入っている。帝京と早稲田の研究にも着手し始めた。
生真面目で努力家のルーキーが、思い描く未来を実現するための日々はこれからも続く。