以前にも本コラムで書いた。おそらくこれからも折につけ書くだろう。それくらい貴重な能力だと思うからだ。
立川理道の『接近する力』のことである。
今から10年ほど前、天理高校の松隈孝照監督(当時/現GM)から聞いた。立川の高校時代にコーチとして指導にあたった人物は、足が速かったり体が大きかったりするのと同じように、相手に接近したところでプレーできるのも生まれ持った才能なのだといった。
「接近すればそのぶんタックルを受けやすくなるので、普通は怖いものなんです。でもハルは最初から平気でギリギリまで相手に接近してプレーできました。パスしたあと、自分はズドンとタックルに入られているのに、放ったボールの軌道を目で追っている。そんな選手、なかなかいません」
相手に接近して立つことができれば、ゲインラインに近いところで仕掛けられるから接点をより前方で作ることができる。ディフェンダーを自分に引きつけて周囲の味方を生かすこともできるし、前があいた時の突破も狙いやすい。さらにはボールを下げないため、つかまったとしてもサポートに入るFWが大きく下がらずに済む。
一方、タックルを避けようと深い位置にポジショニングすれば、必然的にボールも後方へ下げることになる。それでは相手ディフェンスは好きなだけ前へ詰められるし、外に流すこともできる。オールブラックス級のスキルとスピードでもない限り、その状況でゲインするのは難しい。
今夏のパシフィックネーションズカップでは、そうしたメカニズムと接近の効力をあらためて実感する場面が多々あった。テストマッチで10番を背負うのは2015年以来9年ぶり、34歳にしてシリーズのキャプテンに指名された立川理道の円熟の手綱さばきに、何度もうならされた。
特段変わった陣形やムーブを使うわけではないのに、次々とチャンスが生まれる。ボールと人が滑らかに連動し、周りの選手が気持ちよさそうにプレーしているのが傍目にもわかった。2018年度のトップリーグ、神戸製鋼コベルコスティーラーズを18シーズンぶりの日本一に導いたあのダン・カーターの、ピンと背筋を伸ばしたたたずまいが思わず脳裏によみがえるほどだった。
よくよく観察すると、立川は状況ごとに細かく立ち位置を変えている。自分たちがテンポよく前に出ている時は浅く立ってラインにさらなる勢いをもたらし、アウトサイドに大きなスペースがあると判断すれば深さを保って外までパスを回す時間と空間をこしらえる。横方向の幅のとり方も秀逸で、ボールを持った瞬間に半ズレの状況を作り、トイメンとの勝負を決めてしまうシーンがいくつも見られた。
球の受け方がまたうまい。陣地挽回のロングキックやハイパントを蹴る局面以外で、止まったままボールをもらうことは皆無。常にパスの軌道を切るように走り込みながらキャッチするため、ライン全体にスピードと推進力が生まれる。周りの選手が気持ちよくプレーできる大きな要因のひとつであり、これも「相手に接近できる」からこそなせる技だ。
タックルされることを厭わず、接近してプレーできる能力は、状況判断やコミュニケーションにおいても確かな強みとなる。相手のプレッシャーを受ける中でもあわてずに状況を見極め、適切な選択肢をジャッジすることができるし、周囲と意思疎通をとりながら判断を共有することもできる。
2012年の最初の日本代表ヘッドコーチ就任時に当時22歳の立川を抜擢したエディー・ジョーンズ監督は、9月15日のサモア戦後に立川を以下のように評価した。
「どんな状況でもとても落ち着いているし、フィールドでいい判断ができる。常にチームに付加価値を与えてくれる選手です」
パシフィックネーションズカップの全4試合でともにプレーした長田智希の実感はこうだ。
「(立川は)自分でもキャリーでいけるし、コミュニケーションをとって周りを動かすこともできる。そうした経験値の高い選手が10番に入ったことは、チームにとって大きかった。承信(李)も、いつもと違う15番でのプレーでしたが、やりやすかったんじゃないかと感じます」
と、ここまで書いて思うのは、この稀なる能力を受け継ぐ選手が現れないかということだ。今回のシリーズで10番と15番として同じピッチに立った李承信は、その有力な候補である。極限の重圧がかかるテストマッチでプレーメイクを担い合って得た体感は、伸び盛りの23歳にとってかけがえのない財産になるだろう。
立川理道ほど相手に接近はできなくとも、立ち位置の変化の仕方を学ぶだけで日本ラグビーにとって大きな価値がある。そう確信した、今夏のパシフィックネーションズだった。