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【連載】プロクラブのすすめ⑱ 山谷拓志社長[静岡ブルーレヴズ] プロクラブがない浜松のポテンシャル。

2024.09.12

(撮影:中嶋聖)

 日本ラグビー界初のプロクラブとしてスタートを切った、静岡ブルーレヴズの運営面、経営面の仕掛け、ひいてはリーグワンについて、山谷拓志社長に解説してもらう連載企画。
 18回目となる今回は、議論の進む浜松の新スタジアムについて語ってもらった。

◆過去の連載記事はこちら

――まずは最近の話題から。茂原隆由選手、桑野詠真選手が初キャップを掴みました。8月末にはパシフィックネーションズカップでマロ・ツイタマ選手も代表デビューを飾っています。

 チームとしてはこの数年、新しく日本代表選手を送り込めなかったので、非常に嬉しい出来事です。

 茂原選手はスクラムで高いパフォーマンスを発揮している印象ですし、 療養中の稲垣(啓太)選手が定位置とされるポジションで彼がどこまで対抗できるのか楽しみです。
 桑野選手もJAPAN XVの方では先発フル出場で、ラインアウトではインターセプトする場面もありました。高い運動量も見せられていたと思います。
 日本代表資格を得たばかりのツイタマ選手も、ここまで毎試合トライを記録しており、リーグワントライ王である彼の能力がいかんなく発揮されていると思います。

――山谷さんとしては、最近どのような仕事をしていますか。

 業務外なので休みの日におこなっていることなのですが、最近は新しいプロスポーツチームが誕生することが増えている中で、スタジアムやアリーナの建設を検討している全国の自治体などから多くの講演依頼をいただいています。
 福井や佐賀…この間は熊谷にも行きました。先日も静岡県で開かれた「TECH BEAT Shizuoka 2024」というイベントでもスタジアム・アリーナについて話しました。

 僕自身は大学の先生ではないので専門家という立場というより、プロスポーツチームの経営者という現場の立場として、バスケ時代に栃木や茨城でやってきたこと、いま静岡でやっていることを交えながら、スタジアムやアリーナはこうあるべきという考えをお話ししています。

――栃木や茨城ではアリーナでの苦労があった。

 そうですね。苦労した地域です。茨城はちょうど僕が社長になったタイミングで、自治体が2019年の国体向けていわゆる”体育館”を建設していました。栃木も2022年に国体があったのですが、ここでも同じく従来の発想による”体育館”を作ってしまいました。
 2026年からのBプレミアに参入するにはそれなりの高いスペックを持ったアリーナが必要なのですが、栃木でも新しいアリーナ建設は苦戦しているという話を聞きます。茨城も結局、基準を満たすためにその体育館の改修工事が決まりました。

 体育館とアリーナは似て非なるものです。体育館は文字通り体育をする館で観客を入れて稼ぐための施設ではないので、VIPルームがなかったり、音響や映像装置も限られてしまっています。

 日本は国体(現・国スポ)やオリンピックを目的にスタジアムやアリーナを作ってしまう流れをずっと続けてきました。でも、その大会は2、3週間、長くても1、2か月で終わってしまう。後のことを考えていないのです。

 静岡にもエコパスタジアムがありますが、これも2002年の日韓ワールドカップのために作られた。静岡はサッカーが盛んな県にも関わらず、5万人入るスタジアムに陸上トラックを入れてしまった。それは新国立競技場もしかりです。
 ただ実際は、2万人以上入るスポーツの試合は世界的に見ても球技、すなわちサッカー、ラグビー、アメリカンフットボールのみです。陸上は1万5000人から多くても2万人程度。2万人以上入るスタンドを持つスタジアムに、陸上トラックを作るのは合理性がないのです。

 また、陸上と球技を兼用するスタジアムは陸上を見るにしても迫力のない作りになっています。球技ができる芝がトラックの中にあると、幅跳びやウォーミングアップのスペースが陸上トラックのさらに外に設置されてしまい、スタンドの位置はトラックからも遠ざかってしまいます。
 球技であっても、陸上競技であっても、当然より近くで見ることに価値がありますから、これでは経験価値が上がりません。

 2022年の世界陸上がおこなわれたオレゴン大学のスタジアム(ヘイワード・フィールド)は、1万2000人程度の収容で陸上競技に特化しています。トラックのギリギリまでスタンドがあります。
 こうしたニーズや目的に沿ったスタジアムやアリーナを作っていくのが、本来あるべき形なのです。

――この連載では何度も話題に上がっていますが、浜松の遠州灘海浜公園内にスタジアムを建設する動きがあります。

 静岡県は県知事が前浜松市長の鈴木(康友)さんに変わりました。このスタジアム計画に対しては浜松市長として関わってきた立場の方ですので、議論は加速するとみています。

*県は今年に入り、新スタジアムについて①屋外型のコンパクトな野球場、②プロ野球の開催も見込める大型の野球場、③野球以外の幅広い用途にも使えるドーム型球場の3案を示している。

 先ほどのお話と照らし合わせると、プロ野球チームが本拠地としていないのに2万人入る野球場(②)を作るのは、明らかにオーバースペックですよね。
 高校野球の決勝戦をするための野球場(①)であれば、8000人~1万人程度のスタンドがあれば十分です。

 仮に2万人の屋根付きのスタジアムを作るのであれば、野球以外の球技などにも使える多目的なもの(③)である必要があると思っています。
 浜松にはヤマハや河合楽器といった国内屈指の楽器メーカーがあるので音楽のコンサートがおこなえたり、ヤマハ発動機やホンダ、スズキといったバイクのメーカーもあるのでモトクロスレースもおこなえたり。イベントがない時にはスタジアムの周りに例えばうなぎや餃子が食べられるお店を開いたりと、浜松らしいスタジアムを作っていくべきだと思っています。

 そういう議論が進めば、われわれもプロスポーツクラブというコンテンツホルダーですから、そのスタジアムでラグビーができるようにしていきたいです。

――ブルーレヴズのファンは約4割の方が浜松市民と聞いています。

 その通りです。なので、浜松で試合をすることは合理性があります。

 浜松市は人口80万人の政令指定都市なのですが、野球、サッカー、バスケで一部リーグのクラブの本拠地がない。80万人の街にプロスポーツクラブがないというのは世界的にも珍しいことで、国内の政令指定都市では浜松と大阪の堺市くらいだと思います。

 同じ80万人くらいの人口がいるアメリカのサンフランシスコにはNFL、MLB、NBAのクラブがあります。アメリカは放映権の分配金が非常に高額という事情もありますが、それぞれ年間の売り上げが数百億円の規模に上る。

 そうしたことを踏まえると、われわれがブルーレヴズ発足当初に掲げた「10年で50億円」という話もまったく夢物語ではなく、ラグビーという競技の価値を踏まえてもそれくらいの売上額になって当然だと思っています。
 もちろん、現状は試合数が少なかったり、リーグのブランド力がなかったり、そもそものラグビーの人気がなかなか高まらなかったり、われわれの戦績が振るわなかったりと課題はあるのですが、浜松はそのくらいのポテンシャルを持つ街ということです。

――ブルーレヴズの試合がおこなえれば、街がさらに活気づくということですね。

 将来的にリニアが開通すれば、静岡県は通過されてしまいます。つまり、わざわざ東海道新幹線に乗ってでも静岡に行きたいという目的がないと新幹線を使わなくなるわけです。
 その目的には徳川家康関連の史跡巡りや、餃子やうなぎといったグルメなどが挙げられますが、スポーツも大きな観光資源になる。

 静岡県に魅力的なスタジアムとスポーツクラブがあれば、他県や海外から新幹線を使って試合を見来てくれる。そのクラブのひとつにわれわれがなれればと思っています。

――これまで浜松にはプロスポーツクラブを誘致する動きはなかった。

 それは3年間、浜松にいて感じるところです。そういう発想がなかったのだなと。過去にはJリーグのクラブを作ろうと動いた方がいらっしゃったり、プロ野球のチームが移転したらいいなというよもやま話はあったそうですが、大きく議論はされてこなかった。

 やはり浜松は物づくり、ハードウェアで発展してきた街で、それは日本を象徴する素晴らしい街ではあるのですが、これからはソフトウェアやコンテンツも活用していくべきです。そうした話をすると、特に若い人たちが共感してくれます。

 三島市を本拠地とする男子バレーボールチームの東レアローズ静岡は、SVリーグ参入のために事業会社を設立しました。バレーボール界ではかなり画期的なことで、変わっていこうという流れが静岡県内にも、他の競技にもあるわけです。

 そんな中で、現在のリーグワンには危機感を持っています。リーグの会議でも話しているのですが、このままスピード感のない議論をしていたら、バスケとの差はより広がるし、いつかバレーボールにも抜かれてしまう。
 日本代表の人気が高まれば大丈夫とラグビー関係者の方はいうのですが、仮に日本代表の成績が低迷したらどうするのか。サッカーは仮に日本代表が低迷しても、Jリーグ自体が低迷することはない。代表に依存する形で競技の発展や人気拡大を求めるのはリスクが高いのです。

――確かに今の日本代表は世代交代の時期ということもありますが、現時点では上位国との差があるのは歴然です。その割に代表戦のチケット代が高額との声も多く、ファン離れが心配です。

 現時点ではコンテンツとしての価値が高いことは事実なので、必ずしも安過ぎる値段設定にする必要はないと思います。とはいえ、コアファンばかりでなく、リーズナブルな価格でお試しで見たい人をどう増やすかということも同時に考えていかないといけません。

 われわれもファンミーティングなどでファンの方々の声を聞きながら、値段設定や企画を毎日練っています。
 今季は平均観客数8500人という目標を掲げているのですが(昨季は7640人)、方針を少し変えました。

 これまではスタジアムの満員を目指してやってきました。ですがその結果、満員の1万4000人が来場すると、トイレは混み、食べ物やグッズをなかなか買えず、駐車場も渋滞するなど、初めて来場した人にとっては満足度が低いものとなってしまっていたことがわかりました。
 特に招待して初めて来場されたお客様に対しては、ヤマハスタジアムの北側スタンド席(ゴール裏の位置でスコアやリプレー・ルール解説などが映るスクリーンが見えない席)を用意してしまい、ラグビー観戦に慣れていない方にとってはさらに満足度を下げてしまうことになってしまいました。

 もちろん満員のスタジアムを目指すこと自体は間違っていないのですが、そこに意固地になるよりも、今季は初めて来場された方やまだ観戦初心者の方いわゆるにわかファンの満足度をまずはしっかり上げていこうと。
 また抽選招待などの施策については、比較的観客の入りやすい季節の試合や、過去の対戦勝率が高いチームとの試合に寄せていく。やはり勝った試合を見ていただければ満足度は上がります。初めて来た方にもラグビーが楽しかったと少しでも思っていただきたいのです。



PROFILE
やまや・たかし
1970年6月24日生まれ。東京都出身。日本選手権(ラグビー)で慶大がトヨタ自動車を破る試合を見て慶應高に進学も、アメフトを始める。慶大経済学部卒業後、リクルート入社(シーガルズ入部)。’07年にリンクスポーツエンターテイメント(宇都宮ブレックス運営会社)の代表取締役に就任。’13年にJBL専務理事を務め、’14年には経営難だった茨城ロボッツ・スポーツエンターテイメント(茨城ロボッツ運営会社)の代表取締役社長に就任。再建を託され、’21年にB1リーグ昇格を達成。同年7月、静岡ブルーレヴズ株式会社代表取締役社長に就任

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