不思議だ。
キャリアを積んだぶんだけ視野は広がっているが、いまほどキャリアを積んでいない頃のような新鮮な感覚を抱いている。
岡部崇人。身長180センチ、体重105キロの29歳は、今年6月にラグビー日本代表に選ばれた。2022年に候補入りを経験も、正規のスコッドに名を連ねたのは今回が初だ。
上宮中、高、関西学大を経て、現横浜キヤノンイーグルスに加わったのは2018年。それからポジションをいまの左PRに固定し、’20年からは元日本代表コーチングコーディネーターの沢木敬介監督に「常に100パーセントで」と発破をかけられ、ワークレートを長所に台頭した。昨季までに、一時低迷していたクラブでの2季連続4強以上と結果を出した。
日本代表では、静岡ブルーレヴズの茂原隆由らと定位置を争う。
「普段と違うチームメイト、コーチ陣のもと、自分のプレーをどう出すか、短い出場機会でどうアピールするか…。そういう、(イーグルスのレギュラーに定着した)最近は考えることが少なかったことに新しい脳みそを使っています。初心に帰る、ではないですけど。その一方で、『いまなら(以前と違って、存在感を示す手段として)こんなこともできるな』みたいな思考も生まれています」
テストマッチ(代表戦)デビューを果たしたのは7月13日。宮城・ユアテックスタジアム仙台でのジョージア代表戦で、後半8分に登場した。
続く21日には、北海道・札幌ドームでのイタリア代表戦で前半37分からピッチに立った。
鋭いロータックル、攻防の境界線へ走り込んでのラインブレイクを繰り出したが、「強みを最大限、出すためにやっていかないとだめなので」。2連敗を喫したとあり、口をつくのは反省点だ。
「勝ち負けが全てなので。テストマッチは」
特に悔やまれるのはスクラムか。最前列で組めば、欧州勢ならではの圧力を食らった。本来なら低い姿勢で相手と間合いを詰めたかったが、向こうの出方でそれが叶わない時があった。
「自分たちが準備してきたことを押し付けるのが一番いいのですが、(その時々の状況に)対応できるよう組み方を変える力も大事だと思いました。間合い、押す方向…」
対戦国が、正面と異なる角度から塊を回転させるようにプッシュしてきたとする。本来ならその動き自体が反則だが、レフリーによっては日本代表がプレッシャーを受けていると捉える可能性もある。
「(欧州の相手にスクラム自体を)回されて、こちらが対応できていないこともありました。そこで、後手に回ったんじゃないかと思っています」
課題はそのままにしない。いま見据えているのは北米、環太平洋勢とのパシフィック・ネーションズカップだ。現地時間8月25日、敵地バンクーバーでカナダ代表とぶつかる。
それに先立ち、10日から宮崎でキャンプに挑む。
FW、BKのふたてに分かれ、それぞれのフォーカスポイントと向き合う。ハイテンポな攻防のセッションで動きの鈍る者がいたら、名指しで指摘される。
岡部は苦笑する。
「基礎の基礎をもう 1 回、振り返って整えている。指摘してくれる分、何がいけないのかも明確です」
心身を追い込みながら、組織としての底力も身に付けている。
「仲を深める、みたいなテーマもあった(提示されている)。(練習中に)『仲間で助け合おうぜ』みたいなワードも出てきますし。スクラムをチームで組む…。スクラム以外でもチームで繋がる…。僕は、そういうことを意識しています」
ちなみにイーグルスからは唯一の選出だ。夏の宮崎入り前の休息期間中、都内のクラブハウスで沢木監督と顔を合わせる機会があった。
「おめでとう」
普段、厳しい態度で選手の成長を促す指揮官から、テストマッチ出場を祝福されたのだ。特別な立場になったのを実感しつつ、タフなトレーニングに励む。