この社会で、今、スポーツにできることは何だろう。
現役プレイヤー、元プレイヤーにできることは何だろう。
元ラグビー日本代表キャプテンで、ラグビー日本代表チームディレクター補佐・廣瀬俊朗さんらが、4月17日、石川・能登半島の各地(珠洲市、穴水町、羽咋市)で、炊き出しやスポーツ教室をおこなった。
2024年元日、能登半島地震が発生した。
今回被災地で廣瀬さんと支援活動をおこなったのは、一般社団法人スポーツを止めるなの共同代表理事を務める慶大ラグビー部出身の最上紘太さん、そして女子柔道金メダリストの谷本歩実さんと、柔道男子金メダリストの井上康生さんだ。
日本オリンピック委員会、経済同友会が協力し、株式会社アシックスが物品提供、現地では能登半島地震の支援活動を行う一般社団法人NOTOTO.などが協力した。
支援活動のきっかけは、廣瀬さんと最上さんの「何かできないか」だった。
「被災地の負担になってはいけないと思いつつ、何かできないだろうかとモヤモヤはしていて、最上さんと支援のあり方を模索していました。震災から少し時間が経つことで、関心が少し薄まってもくる段階で、僕らが行かせてもらい、被災地の皆さんと触れ合ったり、炊き出しをすることによって、少しでも元気になってくれたらと」(廣瀬さん)
能登半島の先端のまち、珠洲市では、約70人が避難生活を送っていた宝立小中学校で炊き出しをした。提供された食事は、鶏のひき肉と大豆を使った防災食のベコライスとスープだ。コーラスグループ「QUMANOMI」のライブも開催された。
珠洲市内では瓦礫処理も実施した。
震災によって半壊状態となった家屋。そこに残された濡れた家具の数々…。高齢のご夫婦にはとても運び出せない。
しかし体力のいる瓦礫処理ボランティアは、体力が要るために人手不足の状態だったという。
廣瀬さん一行は、そんな被災住宅から使えなくなった家具などを運び出した。住人のご夫婦からは「このことは忘れません」と感謝されたという。
「行く前は『喜んでくれるのかな』と不安もありました。でも、思った以上に喜んでくれました」
穴水町(穴水中学校)では68名の中学生とラグビーボールを使った運動をおこない、羽咋市(羽咋市柔道館)では井上さん、谷本さんが柔道教室を開催した。
その場にいた学校の先生から言われた。
「『こんなに子どもたちが開放的になったのはいつぶりかな』と学校の先生に仰っていただきました。大変な思いをしていたんだなと思うと同時に、被災という非日常ではない、震災前の日常の瞬間を作れたのかなと」
「被災地の皆さんはずっと非日常の世界にいると思うんです。現役選手や元選手が行くことで、一瞬でも非日常ではない時間を作れるのは意味があるのではと思います」
現役選手や元選手が、被災地でできることはある。それが廣瀬さんの実感だ。
「力持ちということは大きいと思います。あとチームワークが得意なので、声を掛けあってスムースに作業をする力もあると思います」
「あとは子どもたちに対しては、サプライズで喜んでもらえます。あとは、身体を動かすことによる開放感をつくれますよね。井上さんや谷本さんは柔道教室をしたのですが、お年を召した方々も喜んでくれました。アスリートが醸し出す雰囲気はやっぱりあります」
スポーツ×社会課題解決は、スポーツの可能性・役割を広げるチャレンジだ。
今回の能登支援活動に参加した柔道家・井上康⽣さんも、スポーツの可能性を探る一人だ。
5月27日には「スポーツ×社会課題解決」をテーマにした対談イベント(主催:慶應義塾⼤学⼤学院メディアデザイン研究科 ネットワークメディアプロジェクト)に登場し、スポーツを通じた災害⽀援、解決⼿段としてのスポーツの可能性などについて展望を語っていた。
なぜ廣瀬さんらは、社会課題の解決を目指すのだろうか。
廣瀬さんは2011年の体験が大きいという。現役時代の2011年、東芝の仲間と東日本大震災で被災した釜石で、瓦礫処理ボランティアなどをおこなった。そのとき「生かされている」と強く感じたという。
「仲間と震災ボランティアで釜石に行った時に『人って生かされているんだな』と思ったんです。この生かされている人生を、自分のためだけに使うのか、と考えたことはキッカケのひとつです」
社会課題解決の意識は、自身の可能性も広げる。
社会に対するアクションを現役中から続け、社会との接点を持ちつづけた廣瀬さんは2020年、日本テレビの報道番組「news zero」の木曜パートナーに抜擢された。
通常は専門競技以外の見解を求められない元選手が、2020年10月から約3年半、報道番組でスポーツに限らず政治、金融、戦争など多岐にわたりコメント、発信をした。
華々しくも意義深い、充実したセカンドキャリアを築き、何より常に活力に溢れる廣瀬さんに、現役選手への「スポーツ×社会課題解決」のススメを訊ねた。
「いまプレーできているのは、自分の努力だけじゃないと思います。『自分のため』も大事ですが、一人のアスリートとして、社会との接点を持って、社会のための活動を何かしら、ひとつでもやってみたらどうかなと思います。そうすることで違う視点を得られたり、自分自身のパフォーマンスにも返ってくると思います」
「選手はいつか現役を引退する時が来るので、違う世界をすこしでも知ってアクションしていくことが、アスリートとしてのキャリアをいったん終えた時の手助け、サポートにもなると思います。その視点からみても、ちょっとずつでも何か動いていた方が、楽しく生きられるんじゃないかなという気がします」