御所市は奈良県の中部にある。西に葛城や金剛など1000メートル級の山の頂がそびえる。天空に抜ける山肌は濃い緑がまぶしい。
この御所の街に竹田寛行が来て、36年目に入った。一筋に御所実のラグビー部の監督を続けている。着任当時の校名は御所工だった。今年5月、竹田は64歳になった。
還暦の定年で保健・体育教員に区切りをつけ、県委託の外部指導員になった。教員からの解放はラグビーへの没入である。
身分的なものは変われども、その風貌は変わらない。スキンヘッドにギョロっとした目、180センチ超えの体は厚みがある。徳島の脇町から天理大に入り、NO8を任された名残だ。寺院の多い旧国名「大和」で僧兵を束ねた高位の者はこんな雰囲気だったのだろう。
コーチングの熱も冷めることはない。
「5時30分には学校に来ています」
朝の個人練習は6時30分に始まる。意識の高い部員たちはその1時間前に来る。彼らのために学校を開錠して回る。
竹田の居場所は体育教官室からセミナーハウスの小部屋に移った。学校西側の正門を入ったところにある。
「練習前にリーダーたちにその日の練習メニューを出してもらいます。それを見ながら、こちらからアドバイスをします」
部員軸で考える。練習では「信は力なり」の黒短パンをはく部員がいる。
「何を着てもいい。友だちもおるやろから」
先輩には「くん」づけだ。
「上下関係は好きではありません」
竹田は競技への集中を考えている。
その36年は闘争の歴史である。県内には天理がある。白ジャージーの創部は大正年代の1925年。御所工への竹田の赴任は1989年。その年度も含め全国優勝は6回を数えた。
竹田が来た時の部員は2人。翌年、北島弘元が練習中のケガが元で亡くなった。
「教員を辞めるつもりでした」
北島の両親は続けることを望む。その指導に弔いが加わる。やるしかなくなった。
就任7年目に全国大会に初出場する。県大会決勝で天理を31-15で破る。黒いジャージーが白を飲みこんだ。75回大会(1995年度)は2回戦敗退。1回戦で昭英を14-5で破り、全国大会初勝利を手にした。
そこから積み上げてきた冬の全国大会出場は14回。準優勝は4回ある。直近は99回大会(2019年度)。桐蔭学園に14-23だった。竹田は一代で御所実を名門に仕上げた。
ここ2年、冬の全国大会出場はない。天理との決勝は0-11、その前は7-15だった。
「講演はちょうど100回でやめました。天理に2回連続で勝てていないですからね」
竹田の成功談を聞きたい人たちより、部員たちとともに過ごすことを選んだ。
講演をすれば、全国の中学生のリクルートができ、謝礼は強化費用に回せる。そこに目を向けながら竹田は、チームあっての自分、ということを悟る。自身の考えは、定年と時を同じくして開いた<新しい時代のリーダーづくり>を目指す「竹田塾」で伝える。
その全国から今、中学生がラグビー部に集まる。専用寮には部員104人中77人が住まう。竹田も一緒に暮らす。睡眠を除き、ほぼ1日24時間、部員たちと接している。
御所実は全国から生徒を呼べるようになった。竹田は振り返る。
「10年くらい前からかな」
県立校ながら、機械工学や薬品科学など5科で構成される実業校ということもある。
寮は7階建てのマンションである。ここに移ってきたのは8年前。御所を創業の地とする鍛治田工務店(KAJITA)の社員寮に同居させてもらっている。竹田には感謝がある。
「社長のおかげです」
鍛治田八彦(やつひこ)は「御所を有名にしてくれた」と助力をする。以前は「ごせ」ではなく、「ごしょ」と読む人がいた。
寮での夕食は竹田の妻・光代が作る。竹田家は夫婦で御所ラグビーに身を捧げている。子どもは男4人。三男の宜純(よしずみ)と四男の祐将はそれぞれプロ選手として花園近鉄ライナーズに所属している。
寮の整備、家族の状況、グラウンドの人工芝化など、竹田の芯は変わらないまでも、周囲のマイナーチェンジは色々ある。それは進化である。スクラムも練習に加わった。
「ウチはディフェンスとかほかにやらなければならないことがいっぱいある」
以前、竹田は話したことがある。
高校ラグビーではスクラムは1.5メートル以上押せない。竹田の判断は間違っていない。ただ、スクラムが安定すれば、試合の展開が楽になる。押せれば精神的にも有利になる。
進路も天理大が再びそのひとつになる。
「今、36歳のOB以来かなあ」
この4月、卒業生3人を送り込んだ。監督の小松節夫が来校。御所実に対する尊敬を確認した。学生日本一チーム、何より母校とのパイプはまたつながった。
来月7日、天理とのOB戦が開催される。
「このグラウンドでやります」
ラグビー部から竹田が初めて卒業生を送り出して、35周年の記念である。このように大規模のものは初めてだ。
御所実チームリーダーは小林淳弘である。3年生HOは大阪の中学、瑞光(ずいこう)から来た。寮生のひとりだ。
「竹田先生、めちゃくちゃ好きです。先生というより、第2のお父さんです。性格をわかってアドバイスをしてくれます。ここにいれば自分が成長できます」
今年のチームは近畿大会準優勝。続く選抜大会は8強敗退。サニックスの国際大会は5位。天理には近畿大会予選と新人戦(春季大会)では26-19、29-7と連勝した。
全国へ出るための天理との戦いは秋の全国大会予選の1回を残すのみだ。
「3回目は負けることもある」
竹田は慎重である。
小林は笑顔でその言葉に上書きをする。
「目標は先生の胴上げ。それしかありません」
胴上げはすなわち全国優勝。師弟愛が詰まったチームは、この一年の終わりに、まだ見ぬ最後の高み、高校ラグビーの山頂に到達するべく、これから夏の鍛錬を乗り越える。