高校ラグビーの「名指導者」は、過去も現在にも数多く存在する。東海大大阪仰星高校ラグビー部の湯浅大智監督は、そのなかの一人として必ず名前のあがる指導者だ。キャプテン、コーチ、監督として仰星の6度の全国高校大会制覇にすべて関わり、監督としては4度の優勝を飾っている。その湯浅監督が、このほど『紺の誇り 負けない準備の大切さ』(ベースボール・マガジン社 / 6月4日発売)を上梓した。高校生たちの能力を引き出し、勝利に結びつける手腕は定評があるが、その指導哲学についてはこれまで詳しく語られていなかった。今回、初めて自らの考えを一冊にまとめた。その理由や伝えたいメッセージについてお話をうかがった。
インタビュー・構成◎村上晃一
――一冊になったものを読み返して、どんな思いがありますか。
「指導者として歩むなかでの気づき、感じたことの変化などが文字になると整理されますね。今後、どのように気づきを増やし、学んでいくのかという土台、芯になるものができたと思っています」
――湯浅先生の指導哲学をまとめるという出版の企画を打診したとき、受けていただいた理由を教えていただけますか。
「自分自身を知りたいということもあり、考えを整理できると思ってお受けしました。最初に打診を受けた3年前は、『次に優勝したら』という返事をさせていただきました。するとその年に優勝できたのでお受けしました」
――この本が発売される直前のリーグワンの決勝戦が素晴らしい試合でしたね。この試合には仰星高校ラグビー部のキャプテンとして全国制覇を果たした選手が2人出場しました。本の中にも名前が出てくる眞野泰地選手(東芝ブレイブルーパス東京)、長田智希選手(埼玉パナソニックワイルドナイツ)です。2人とも交代出場ですが良いプレーをしましたね。
「感慨深かったです。長田のトライはキャンセルになりましたが、素晴らしいタイミングでボールを受けました。終盤の勝負どころであんなプレーができたことが嬉しかったです。試合後、眞野が『勝ちきれたのは、勝つカルチャーがあったからです』とコメントしたのを読みました。やっぱりそこなのだと嬉しかったです」
――チームのカルチャーについては、今回の本のタイトルが「紺の誇り」であるように、仰星のラグビー部も大事にしてきたことですね。
「どんなクラブ、どんな人間になってラグビーと向き合うのかが大事です。それを重視しているチームは、勝てない時期があったとしても、再びチャンピオンシップをつかむことができる。長く愛され、長くプレーしたいと思えるクラブであり続けることができる。それを再認識したし、確信が持てました。そういうコメントをした眞野をリスペクトしますし、嬉しかったです」
――決勝戦をラグビー部員に見せたようですね。
「リーグワンの決勝戦を選手全員で見ました。試合を中継したJ SPORTSでは試合前にリッチー・モウンガと、松田力也の興味深いスタッツ(プレー選択などの数字)が出ました。キャリーメーター(ボールを持って走った距離)はモウンガが圧倒的に多いのに、パスの数は同じ。そんなプレー内容の違いや、ラインアウトでの駆け引きなど、いろいろな観点で見ました。ベン・ガンターのジャッカルからのトライ、ジョネ・ナイカブラの3人にタックルされながらのトライなど、個々の力が見る者の想像を上回りながら15人が連携しているという空間は見応えがありました。互いに最後にかける思いもあって素晴らしい決勝戦でした。学ぶものが多かったです」
――今回の本は今春の全国高校選抜大会前までのことが書かれています。その後のことを教ええていただけますか。
「選抜大会では2回戦で桐蔭学園に負けました。戦術的な習熟度が足りなかったです。本の中でも書いているのですが、2年生が新チームになって3年生になったときの習熟度が足りません。学年ごとに3年間のスケジューリングを落とし込んでいかないと、新チームのスタート時の1、2、3月あたりで戦績を向上させるのが難しいのです」
――対処法はわかっているのですか。
「これまでは高校1年生から全体練習に混ぜていたのですが、3年生と一緒にやると上手く見えるところがあります。課題が見えない可能性があるのです。いわゆる基礎練習を1年生だけで4、5月にじっくりやったほうがいいのではないかと仮説を立てています。なので、今春は意図的に1年生だけで基礎練習する時間を増やしました。この1年生が来年の夏くらいに習熟度が高まっていれば、このやり方が成功ということになります。そのあたりの推移を見ていきたいです」
――本当に現在進行形なのですね。大阪の総体では決勝戦で大阪桐蔭に敗れています。
「負けましたが収穫がたくさんありました。大阪桐蔭とは今年3度目の対戦でしたが、試合ごとにボールを動かす位置を変え、過去の仰星ではやらなかったプレーもやってみました。これまで出ていない選手も出場できました。チームにとってのプラスは多かったです。また、大阪桐蔭のプレーの質の高さ、ゲームの運び方の丁寧さも感じることができました。春の段階で今年のトップランナーと3度対戦できたのは、我々にとって非常に大きいです」
――余談ですが、湯浅先生は公式戦の時に本部に提出するメンバー表をものすごくきれいな字で書きますね。まるで印刷のフォントのようです。
「母が書道をしていまして、きれいな字のフォルムがスタンダードになっているからかもしれません。メンバー表を自分で書くのは、その試合に向けて気持ちが整理できるからです。試合前日、眠る前にこんなプレーをしてほしいと考えながら、一人ひとりの名前を丁寧に書いています」
――この本は湯浅監督が指導者になり、さまざまなことに気づきながら学んでいく日々がまとめられています。どんな人たちに読んでほしいですか。
「どんなカテゴリーでも結局は人と組織が大切です。ときどき他チームの方が練習を見学に来てくださることがあります。見ればどんな練習をしているかは分かりますが、年間を通して、どんな考えでやっているのか、なぜそのやり方なのかという部分は見えないと思います。そんなことも本には書きました。スポーツに限らず、何かを運営し、経営する人々の一助になればと思っています。僕自身も違う組織から学ぶことがたくさんあります。仰星のスタイルは多様な組織の一つでしかありません。正しい、間違っているということではなく、一つのやり方をご紹介しています」
――現在進行形ですから、今後も気づきは多いでしょうね。
「この春から生徒指導部長になり、生徒たちと接する機会が増えました。クラス担任のときは自分の色でやっていけますが、いろいろな色の中で生きている子たちと向き合うことになり、会話がかみ合わないことがあります。僕の価値観だけで向き合っても良くないので、こんな価値観もあるけど、どうかな? と、よく話を聞くようにしています。保護者の方々と対峙することも増えました。三者三様、十人十色。我々は仰星の理念を説明し、社会の中の多様性の一つであることを理解していただかなくてはいけない。でも、まったく違う価値観の意見を言ってくださる人もいます。毎日が勉強です」
タイトルの「紺の誇り」とは、東海大大阪仰星ラグビー部が大切にしてきた言葉だ。紺の誇りとは何なのか。それを考え続けることがチームの成長につながっていく。チームの目標は日本一だが、クラブとして何を目指すのか。2024年度のチームのクラブ目標は「染める」。生徒たちが考えたものだ。目標達成の十か条を見たとき、湯浅監督は感銘を受ける。なぜそれほどまでに心が揺さぶられたのか。2004年に母校の保健体育の教諭となり、コーチとして9年、その後監督として11年の指導者生活。その軌跡を読むことで、「染める」の意味をより深く知ることができるだろう。選手と真正面から向き合い続けた試行錯誤の記録は示唆に富んでいる。ぜひ、ご一読を。
◎書籍情報
紺の誇り 負けない準備の大切さ
湯浅 大智(東海大学付属大阪仰星高等学校ラグビー部監督)著
四六判 200ページ / 定価1,600円+税
6月4日 発売
◆Amazonからのご購入はこちらから。
◆BBM@ BOOK CARTからのご購入はこちらから。
◎著者プロフィール
湯浅 大智
ゆあさ だいち。1981年9月8日生まれ。大阪府出身。大阪市立中野中学1年生の時からラグビーを始め、東海大学付属大阪仰星高等学校進学後は、キャプテンとして第79回全国高校大会(1999年度)で初優勝を果たした。東海大ラグビー部ではバイスキャプテン。2004年、母校の保健体育教師となり、9年間ラグビー部のコーチを務め、第86回全国高校大会(2006年度)で優勝を経験した。2013年春から監督の座に就くと、その年の第93回全国高校大会(2013年度)で監督として初の日本一にチームを導いた。以来、『花園』での監督としての優勝回数は、95回(2015年度)、97回(2017年度)101回(2021年度)を含め4回を数える。現役時代のポジションはフランカー。大の料理好きで、「ラグビーと料理には共通点がある」と考えている。