ラグビーリパブリック

GM・担当者が語る慶應義塾大学のリクルーティング事情。2024年度は「大豊作」

2024.05.22

東福岡から2浪して合格したPR中谷太星(左)。千葉・幕張総合から1浪して合格したSO木下大輔(右/写真:多羅正崇)

 慶應義塾大学ラグビー部のリクルーティング事情を知る人はそう多くないだろう。

 慶大は“最激戦区”といってよい関東大学対抗戦Aを主戦場とする強豪。過去25年で大学選手権に24回出場し、ベスト4は6回、準優勝1回、優勝1回の戦績を誇る。

 しかし選手のリクルーティングに関しては、授業料免除等で有望高校生をリクルートできる他の強豪大学とは、一線を画す。慶大にはラグビー部としての入学枠がないのだ。

「(慶大ラグビー部に)入学を確約できる枠はありません。さまざまな入学制度を学生に説明しながらチャレンジ頂いています」(慶大・和田康二GM)

 慶大の入学制度は「一般入試」「指定校推薦」「自己推薦」「AO入試」「留学生」「内部進学」など。

 多角的に受験生を評価する総合型選抜の「AO入試」は、総合政策学部や環境情報学部などで取り入れられている。しかし2023年度で倍率は約6倍という狭き門だ。

 このような多様な入り口から、様々なバックグラウンドの人材が集まり、智慧と努力で堅守ベースの「慶應ラグビー」を毎年積み上げ、頂点にチャレンジする。

 その醍醐味を文化に昇華してきた慶大だが、今年度(2024年度)の新入生の顔ぶれは例年以上にバラエティ豊かだという。話を訊いた学生スタッフいわく「大豊作という印象です」。1999年度の創部100周年優勝メンバーである和田GMは言った。

「今年の新入生は、過去と比較しても『こういう年はない』というくらい、多様な入学経路で多くの学生が入部してくれました」

「花園優勝の桐蔭学園や古豪の常翔学園からは『一般受験』で現役合格した選手がいます。『自己推薦』では京都工学院の選手が合格しましたし、現役合格だけでなく、國學院久我山からは1浪、東福岡からは2浪で一般入試に合格した選手もいます。理工学部の指定校推薦で入学した選手もいます」

 桐蔭学園からはPR廣瀬宇一朗、常翔学園からはFL/NO8キーヴァーブラッドリー京が一般の受験生にまじって現役合格した。

 自己推薦で文学部に合格したのは京都工学院のSH平井汰郎。國學院久我山高校から1浪して入部したのはFL/NO8森田周祐。そして東福岡から2浪して見事合格したのは、PR中谷太星だ。

 PR中谷は自身を「コレと決めたら妥協せずにやり通す性格」と自認する、意志の人だ。

 東福岡時代に強豪大学からの推薦はなかったが、高いレベルでのプレーを志し、「勉強で行くしかない」と慶大受験を決意。二浪が決まった時は一時落ち込んだというが、「才能がないやつは努力して当たり前」の心構えで、3度目の慶大挑戦に挑み、合格を掴んだ。

 ヒガシのような全国強豪の出身者だけではない。

 兵庫・六甲学院からは190㌢のLO大東煌が、1浪で慶大ラグビー部の門を叩いた。そして千葉・幕張総合から同じく1浪して合格を手にしたのは、SO木下大輔だ。SO木下は黒黄ジャージーへの憧れが人一倍強かった。原体験は中学時代にある。

「中学時代に秩父宮で早慶戦を見ました。その姿がカッコ良くて、慶應ラグビーに憧れました」(SO木下)

 現役では逃げ道を作らず、慶大一本に絞って受験。しかし不合格となって浪人生活へ。「孤独な闘い」だったという日々を経て、見事に法学部合格を手にした。

 SO木下が中学時代に憧れた早慶戦の舞台に立つ日は来るのか。「慶應ラグビーへの思いは負けていないと思っています」と語るSO木下は挑戦者のマインドに溢れている。

 慶大を志望する彼らのような学生をサポートするのが、リクルーティング担当の岡部雅之さん。1997年度、田村和大主将率いる第98代で主務を務めたOBだ。

「基本的に慶應に少しでも興味のある学生がいたら、全国どこにでも会いに行きます」

 岡部さんは平日働き、週末になると始発電車に飛び乗る。飛行機やレンタカーも駆使しながら、数河高原ラグビー場(岐阜県飛騨市)でも、どこへでも、慶大入学を志望すれば足を運ぶという。

「学校の先生の許可を取った上で、慶應を受験してくれるという場合には『不合格の可能性もありますが出来る限りのサポートはします』という話をして、高校生に受験指導を実施しています」

 受験指導といっても合格テクニックの伝授ではない。話し相手になったり、同じ境遇だった先輩部員に体験談を話してもらったり。励ましの手紙を書いたり、受験前にはお守りを渡したり。学生の想いに寄り添いながら手厚いサポートをする。

 合格の一報はもちろん嬉しい。しかし岡部さんが重視しているのは不合格となってしまった学生のケアだ。不合格の知らせを受けると、岡部さんはもう一度当該学生の下へ足を運んで話をする。表には出てこない岡部さんのハードワークが2024年度の“大豊作”を呼び込んだ面はある。

 近年、慶大ラグビー部への入部を目指し、入試に挑戦する高校生は増加傾向にあるという。

「今年は2冠を達成した桐蔭学園の花園登録メンバーのうち、5名がAO入試や一般受験を突破して入部しています。彼らは他大学から引く手数多であったはずですが、不合格を覚悟で入試に挑戦してくれました。その背景には、高校トップレベルの選手の中にも、『大学卒業後の進路先に多様な選択肢を持っておきたい』という考えが少なからずあるからではと思います」(和田GM)

 慶大の卒業生の多くは、トップレベルのラグビー部を持たない一般企業に就職する。

 HO原田衛(東芝ブレイブルーパス東京)のようにプレイヤーとして第一線で活躍する卒業生がいる一方で、たとえば1999年度の大学選手権優勝キャプテンだった高田晋作氏は卒業後、NHKを経て三菱地所に入社。ファンにお馴染みの「丸の内15丁目プロジェクト」を立ち上げてビジネス界からラグビーを支援している。

「慶應は日本ラグビーのルーツ校であり、学生主体で繋いできた125年の歴史と伝統があります。卒業後はラグビー界は勿論のこと、ビジネス界含め様々な進路先でOB・OGが活躍しており、そのOB・OGが現役の活動を支えています。これらが慶大ラグビー部の特徴であり、魅力です」

「ぜひこれから進路を考える選手やその保護者の方々に、今年の新入部員をきっかけに慶大ラグビーについて深く知って頂き、皆さんの進学先の候補に入れて頂けたら嬉しく思います。挑戦したい誰にでも門戸は開かれています」(和田GM)

 日本ラグビーに貢献する手段は一つではない。多様な選択肢も持っておきたい高校ラガーにとって、多くのビジネスパーソンを輩出する慶大は魅力的だろう。

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