横浜キヤノンイーグルスは爪痕を残した。危険地帯へ必死に戻り、身体を張り、最高気温29度の東京・秩父宮ラグビー場に緊張感を醸した。
5月18日、東京・秩父宮ラグビー場。国内リーグワン1部のプレーオフ準決勝に挑んでいた。相手は埼玉パナソニックワイルドナイツだ。一昨季まで国内2連覇の名門である。
目を引いたのは、イーグルスの攻め方である。ワイルドナイツの看板たるディフェンスを、組織的に攻略したように映った。
接点もしくは司令塔団の周りでおとり役が仕掛けることで、大外に数的優位を作ったのは一度や二度ではない。
FLのハラシリ・シオネら単騎の突進役が前に出られたこと、FBの小倉順平による向かって右奥へのキックで首尾よく陣地を取れたことも幸いした。敵陣22メートルエリアで好機を生んだ回数で、ワイルドナイツをかなり上回った。
アンサンブルが結実したのは後半13分。10―13と3点差を追うなか、敵陣中盤で連続フェーズを重ねる。ひとつの接点にふたり以上のディフェンダーを巻き込もうとし続ける流れで、右中間からの展開で左側に狙いを定める。
この瞬間、ワイルドナイツの防御ライン上で、イーグルス側から見て左大外から2番目の位置にいたのはSOの松田力也だった。松田が球の出どころのほうを向き、せり上がった。
その死角へ、イーグルスでCTBの梶村祐介がパス。そこには味方が2人いて、フリーになったWTBの竹澤正祥がインゴールを割った。直後のゴール成功で17―13と勝ち越した。
松田が「冷静にプレーしないと。いい勉強になった」と反省するなか、ワイルドナイツのHOである堀江翔太は「うちのミスですよ」と認める。
「駆け引きが悪かった。もっと上手にプレッシャーをかける方法はあるんですけど、いままでそれを(実戦で)やる状況が少なくて」
守りのリーダー格にあって今季で引退する堀江は、松田を含めた組織全体の動きが理想と違ったと説く。そして、かくも想定外のことが起きたのは、今季ここまでかような類の攻め方に苦しんだことが少なかったからだとも言いたげだ。
確かにここ数年は、ワイルドナイツのシステムを破るのなら接点の周り、狭い区画への奇襲など、限られた手法しかないと見られていた。
広い箇所にオーバーラップを作るというオーソドックスな手段を採ったこと自体に、イーグルスの特異性があった。SHの荒井康植は言う。
「(ワイルドナイツの守備には)個で飛び出してくる特徴があると分析していました。アライメント、ポジショニングもよかったので、うまくスペースにボールが運べたかなと」
沢木敬介。2020年より指揮を取り、昨季初めて4強入りの監督はこうつぶやく。
「まぁ、はまっていたんですよね。(ワイルドナイツの守りを)崩せるタイミングを見計らって…と、準備してきた。選手はプレッシャーのなかでいいチャレンジをしてくれたと思います」
しかしすべてを終えると、妙技と好判断でイーグルスを引っ張るSOの田村優は首をひねった。
「(ワイルドナイツに)ゆとりは、感じました。ちょっと焦らせるところまでは行きましたが、勝つにはあとひとつ、要素が必要だった」
17―20と再逆転されて迎えた後半24分頃のことだ。竹澤のトライシーンと少し似た形で左端をえぐりながら、その時もボール保持者だった竹澤が追っ手に羽交い絞めにされた。ボールを失った。
ノーサイド直前にも、ワイルドナイツの壁に阻まれた。3点差で敗退した。
ちなみに大きくさかのぼって前半29分頃には、自陣深くからのカウンターアタックで左へ、右へと展開して敵陣ゴールラインに迫りながらも得点ならず。WTBのヴィリアメ・タカヤワが、向こうの擁する南アフリカ代表CTBのダミアン・デアレンデに追いつかれた。ノックオン。
デアレンデは、ハーフタイムの約5分前にも走者へ刺さって危機をしのいでいる。試合後、本人はこう振り返る。
「私に限らず、抜かれたら戻らなきゃいけない。誰がその場面にいても、そうしていました。ただ来週は、ああいうカバータックルがあまり起きない展開になることを祈っています」
ワイルドナイツが少機のほとんどを仕留めた一方、イーグルスは堅陣を切り裂いてもなおスコアを阻まれがちだったのだ。田村は冗談交じりに「両WTB、トライ、獲り切って欲しいですね」としながら、「皆、ハードには頑張っています」。指揮官は頷く。
「今季ベストゲームだった。皆、いま持っている力を出した。これで負けても…。いや、負けるならこういう(惜しい)試合をしなきゃいけない」