57得点の中のたった3点が、実は大きかった。
田村熙(ひかる)の右足から蹴り出されたドロップゴールは、40メートル以上の弧を描いてHポールに吸い込まれた。
4月20日(土)、千葉・ゼットエーオリプリスタジアムでおこなわれたディビジョン2の1-3位順位決定戦。浦安D-Rocks×豊田自動織機シャトルズ愛知は、57-20で浦安が快勝した。
プレーヤー・オブ・ザ・マッチには、浦安の10番を背負った田村が選ばれた。
この日、キックで15得点を挙げた。DGを蹴ったのは前半のラストプレー時だった。
愛知が蹴ったゴールラインドロップアウトのボールを受けた浦安は、攻撃に転じる。
ラックの真後ろで待っていた田村は、SH飯沼蓮主将のパスを受けてDGを蹴った。
スコアは26-13だった。前半の終了を告げるホーンが鳴った後に蹴った。
相手は20分にHO佐藤慶がハイタックルでイエローカードを受け、39分にはWTBチャンス・ペニーがヘッドコンタクトで同じく10分間の一時退出となっていた。
そんな状況の中、さらなる失点だけは避けたい相手の気持ちを見透かしたように、前半のラストプレーで加点した。
田村本人も「メンタル的に大きかったと思います」と振り返る。
味方は勢いづき、後半最初の10分で14点を追加して勝負を決めた。
DGを蹴った判断について、「(前半は)もう時間がなかった。ポイントもほしかった」と話す。
「うまくいかなくてもネガティブなチャレンジじゃないと思いました。入れば、チームはいい形で後半に入れるかな、と」
仲間たちの気持ちを上げたかった。
東京サントリーサンゴリアスから移籍した今季。レギュラーシーズンは第3節以外、全10試合中の9戦に出場し、6戦で先発した(10番で4戦、15番で2戦)
この日もSOで先発し、後半20分、オテレ・ブラックにバトンを渡した。
トップチームで積んできたキャリアと経験値を、上昇を目指すチームに注入している。
この日は開始7分で10点の先行を許す。試合は予想外の展開で始まった。
開始早々にキックチャージからトライを奪われ、PGでの加点も許した。
0-10とされた時間帯を振り返り、「最初、少し受けてしまい、ちょっと重い雰囲気になりました。(今後は)リーダーを中心に、ペナルティが多いところは修正し、スタンダード高くプレーしないと」
いい時はノるチーム。D-Rocksのことを、そう表現した。
想定外のすべり出しとなった時間帯、ハドルの中で発言した。
普段からそうだ。
「練習中から、うまくいかないことがあると個人個人で動き出すことがある。そんなとき、我慢しよう、と声をかけます」
若い選手が多い。そういった声を出せるリーダーたちが、まだ少ない。だから、自分や経験値の高い選手が率先して動く。
その姿勢が引き継がれていったらいい。
サンゴリアスは、各大学のリーダー経験者が多く、国際舞台を何度も踏んでいる外国出身者が何人もいた。
様々な状況を受け入れられるキャパシティーの多い選手たちが多かったように思う。
それでも、チームがうまく回らないことだってある。そう考えれば、一人ひとりがリーダーシップを持って動くことが大事だ。
今年9月には31歳になる。田村は経験を重ねてきた者として、自然な形で若手を高みに導こうとしている。
例えばこの日のDGも、独自の判断で蹴った。
「(自分のプレーに)ついていったら、いつの間にか、自分自身も成長できていた、というのがいいかな、と思っています」
移籍によって、自分も新たな刺激を受けている。
サンゴリアスでは一昨季に13戦出場も(12戦に先発)、昨季は8戦(4戦に先発)。もっとプレータイムを増やしたいと考え、本拠地を府中から浦安に移した。
戦う舞台はディビジョン1からディビジョン2に変わった。「環境を変えたことでプレーヤーとしてのスタンダードが落ちるのが怖かった」から、気が引き締まった。
サンゴリアス時代より、日常から自分に厳しく過ごしている。
チームをディビジョン1へ昇格させるのが最大のミッションだ。
昨季はレギュラーシーズンで快勝を重ねたものの、入替戦では花園近鉄ライナーズに連敗。今季こそ階段を昇りたい。
壁を破るためには、これまでと同じマインドセットではいけない。
「みんな真面目。やる前から考え過ぎるところがある。これだけやって勝てないんだったらしょうがない、とまとまるのが大事」
落ちたらいけないと、プレッシャーを感じるのは上のチームだ。自分たちは、自信を持って挑めばいい。
シャトルズ戦では0-10とリードされていた前半8分、反撃のトライを奪う流れの中で得意の仕掛けから防御の裏へ。オフロードパスを通してチームにモメンタムを与えた。
苦しい時こそ迷わず前へ。この先の決戦時に必要なスピリットを伝えるメッセージだった。