10-35。大量リードを許してハーフタイムに突入した。横浜キヤノンイーグルスは、ファイティングポーズを崩さなかった。SOの田村優はこうだ。
「取られたトライはアクシデント的なところだった。特に、問題点が何かあったわけではない」
3月23日、東京・秩父宮ラグビー場。リーグワン1部の第11節で迎えた3位の東京サントリーサンゴリアスに、ふいに与えた好機をものにされること5回。28、40分には、敵陣深くまで攻め込みながらの被ターンオーバーからトライを取られた。
特にハーフタイム直前の一本は、ゴールライン上でグラウンディングしようとしたLOのマシュー・フィリップから向こうのWTBのチェスリン・コルビが楕円球をさらい、そのまま駆け抜けてゆく瞬間芸が契機だった。
複層的な攻めや特殊な捕り方のラインアウトでじりじりと前進しながら、結局、突発的な出来事に泣いてビハインドを広げていた。
人によっては意気消沈しかねないが、主将経験もある司令塔は泰然自若としていた。思い描いたロードマップの一端は…。
「チームの戦い方のなかでゲームをオーガナイズしながら、逆転できる点差にどうやって詰めていくのか、自分たちがどのエリアにいるか…。勝負の綾をつかみ続けられるようにしました」
脳内を整理して後半のフィールドに立ったイーグルスに対し、サンゴリアスは焦点があいまいに映ったか。自陣で落球したり、前方のスペースへ飛んだキックを追いかける流れで反則を犯したり。だめを押す機会を自ら手放す展開に、田中澄憲監督は首をひねる。
「相手の息の根を止めるという部分で…少し、守りに入ってしまった。選手としてはそれを感じていないのかもしれないですけども、どんどん向こうのペースに付き合わされた印象です」
こうなれば、イーグルスはより想念を具現化しやすくなる。
51分。中盤で左へ展開してCTBのローハン・ヤンセ・ファンレンズバーグのラインブレイクを促す。敵陣22メートル線エリアでボールを右へ、右へとつなげば、ハイタックルに伴うアドバンテージをもらいながらさらにアタック。HOの中村駿太のフィニッシュなどで17-35。
62分。またも左中間への継続でファンレンズバーグが抜け出す。大外から切れ込むようなコースを取り、田村のショートパスをもらってゲインする。
左端でWTBの竹澤正祥が密集を作ると、今度は右へのパスワークにおとりの動きを絡めWTBのイノケ・ブルアがフィニッシュ。24-35。
この流れの大元を辿れば、ミッドフィールドでのモールがあった。サンゴリアスのFBで好調の松島幸太朗に背後へ蹴り込まれながら、その直後の自陣中盤右のラインアウトからイーグルスは塊を形成。そのままハーフ線を超えた。
これに味を占めてか。イーグルスは、ミッドフィールドでのモールに活路を見出すようになる。64分にも、自陣10メートル線付近左からハーフ線まで塊を進めた。ここから交替出場のSHの荒井康植が、上空へ右足を振る。
球の落下地点に圧をかけ、蹴り返しを捕り、フェーズを重ねること10度。するとサンゴリアスの主将でHOの堀越康介が、イーグルスの主将でCTBの梶村祐介へクラッシュする。このアクションは危険なプレーとジャッジされた。堀越は10分間の退出を強いられた。
イーグルス、ペナルティゴールを選択。27-35。FWの数的優位を得られたことで、以後はさらにモール攻勢に傾く。
71分。中盤の左でまとまり、その脇を中村が抜け出す。防御を引き寄せたところで、左奥へ荒井が鋭い弾道を放つ。戻って捕球した松島を3名の追っ手が囲い、さらにその地点へ人員を投下してターンオーバー。ラックを連取する。
仕上げはアマナキ・レレイ・マフィ。それまで好突破連発だったNO8がぶつかると見せかけ、近くにいたFLのシオネ・ハラシリへパスを投げる。
34-35。
直後のキックオフではSOの田村がハイパントを重ね、その後はやや失敗を受け入れながらもポジティブなクライマックスを迎える。
サンゴリアスがボールを保持して時間が過ぎるのを待とうとするのに対し、イーグルスでこの日好調のマフィが迫る。すると、サンゴリアスの援護役がたまらず倒れ込む。
イーグルス、ペナルティキック獲得。トライラインへ迫る。
モールを選ぶ。
それをサンゴリアスが故意に崩したと判定される。
「ショット」
主将の梶村が、最後の選択をレフリーに告げる。かねてキッカーの田村からは、多少、難しい位置からでもペナルティゴールを委ねてもよいと合意をもらっていた。
田村の心境はどうだ。
「笑っちゃいましたね。こういうところに(場面が)回ってくるのかと。あとは、ひと呼吸、置いて、モードに入れるように…」
ノーサイド。37-35。
「負けたらシーズンが(事実上)終わりで、その後の試合の意味がなくなる。…つながって、よかった。皆が自信を持つ、いいきっかけにもなりましたし」
看板プレーヤーが述べる通り、今季のイーグルスは混戦の只中にあった。
15日は今回と同じ場所で、ディフェンディングチャンピオンのクボタスピアーズ船橋・東京ベイに26-29で敗戦。こちらはラストワンプレーで覆される形で、2季連続4強入りへサンゴリアス戦を含む終盤6試合に緊迫感を高めていた。
かたやサンゴリアスは、16日に愛知・豊田スタジアムでトヨタヴェルブリッツを39-38で下している。46分に10-31とされながら得意の継続攻撃で接戦に持ち込み、ロスタイムに勝負をひっくり返していた。
イーグルスは、しぶとさを身上とする上位クラブからしぶとく白星をつかんだ。中村はうなずいた。
「サンゴリアスのプライドの時間、強い時間に逆転し、勝利までもぎ取れた。チームとしての成長も感じるし、いい勝ち方ができた」
かく言う中村は昨季までサンゴリアスにいた。古巣との対戦となったこの午後、タックル、スクラム、ジャッカルで気を吐いていた。
「気合いが入らないわけ、ないじゃないですか」
ちなみにサンゴリアスは、南アフリカ代表としてワールドカップ2連覇のコルビをハーフタイムに交替。大事を取ってのことだ。
ただし、こちらも元サンゴリアスで現イーグルスの梶村は「(前半に)誰か個人の圧力を感じたということは、なかったです」。果実は自力でつかんだのだと発する。勝ち点4を加算。田村の見解通り、命を「つなげ」た。
サンゴリアスで長らく中村と定位置を争っていた堀越は、クライマックスにおけるペナライズを踏まえ「主将がシンビン(一時退場処分)になると厳しい。きょうの負けは、僕の負け」。7点差以内の負けによる勝ち点1の上積みで3位に留まった。「僕のイメージですけど、後半は相手のほうががまん強かった」と潔かった。