じき4月、新年度が始まる。薄いピンクの桜花とともに、紺の折り目新しいスーツを着た新入社員が街にあふれる。
ラグビー界も例外ではない。トップチームにも新人が入る。彼らは社員選手かプロ選手かのどちらかになる。
社員選手は仕事をして、競技をする。二兎を追わねばならない。プロ選手は競技のみに集中できる。24時間365日、自分のパフォーマンスのみを考えればいい。
若き社員選手の代表は長田(おさだ)智希であろう。リーグワンのディビジョン1(一部)、埼玉パナソニックワイルドナイツでWTBやCTBをこなす。日本代表キャップは7。早大から入社して3年目の24歳だ。
その長田の取材機会にめぐまれた。昨年12月のことだった。ワールドカップから帰って来た後、リーグワンの公式戦に出場した。
取材の最後に聞いた。
「どうして、社員のままでいるのか。プロにならないのか?」
長田は23歳でワールドカップに初めて出場した。結果を得た。プロ選手になればその道をさらに突き詰められる。
間髪を入れず、長田は返答する。
「今の社員選手はプロと変わりません」
力みはない。自然体だった。
そう、その通り。各チームは社員選手に対して配慮している。実際の仕事量は社員1本でやっているものよりも少ない。
レッドハリケーンズ大阪では、水曜を練習オフにしてこの日に仕事を集中させている。花園近鉄ライナーズは週4で午前午後の二部練習に参加させている。どちらも、親会社と言うべきNTTドコモと近鉄グループホールディングスが認めている。
今はリモート・ワークが発達して、オフィスにいる必要はなくなった。ネット環境とパソコンさえあれば、仕事は事足りることが多い。デスクにいる必要はない。二部練習であってもその前後に仕事をすることも可能だ。
社会人ラグビーの強豪にいた還暦超えの先輩がいる。今はバーの店主だが、現役選手時代の仕事は9時~5時。定時後に練習する。その後、仕事場に戻って残業する。早出もあった。それが当たり前の日々だった。
その店主の時代から考えれば、仕事そのもの、そして会社の理解度はまったく変わる。いみじくも、長田の言った「社員選手もプロも変わらない」という形である。
その流れの中で、社員選手に託された大きな役目がひとつある。それは「ラグビーを守る」ということである。
花園近鉄ライナーズは一昨年、廃部になりかけた。二部落ちもあり、社内の方向性はそちらに向いた。経営側に立てば当然のことである。リーグワン一部の年間運営費は15~20億円といわれている。チームを保持するなら、その額を拠出し続けなければならない。
問題は、その話し合いがあるトップの会議に、創部90年を超えるラグビー部のOBがひとりも出席しなかった、いやできなかったことである。OBの部長級は数人。執行役員やその上の議決権を持つ取締役は0だった。これでは反論のしようがない。
社内での求心力や広告宣伝、さらにざっくり言えば「メセナ的」な、いわゆる企業の社会貢献にもなっていることをトップと同じ身分で説明、説得できる人物がいなかった。
幸い近鉄グループホールディングスのトップである会長の小林哲也は、半世紀前、社会人の頂点にいたチームを若手社員として知っていた。そのため、すんでのところで廃部を免れた。
ラグビーと仕事の両立はきつい。普通の社員を上回ることをしていかないといけない。ただ、その過酷さを乗り越えると応援者が増える。上司を含めみんなが見ている。そうなれば、ラグビーを上がったあとも業務をしやすくなる。評価は上昇、出世につながる。
なぜ、出世しないといけないのかというと、組織、とりわけ会社というのは、正しい意見が通るところではないからだ。力のある者の意見が通る。つまり、社員選手として出世をすることは、生涯の安定という小さい個人的理由ではなく、自己犠牲をうたい、人格形成に資するこの競技を守るという崇高な行動の表れなのである。
企業最高の会議に参加して、堂々とラグビー擁護の論陣を張る。この愛すべき競技を自分たちの時代からさらに先につなげる。守護者になる。それは社員選手にしかできない。
学生は「遠い未来」と笑うかもしれないが、入社して30年、ラグビーを上がって20年などあっという間だ。家庭を持ったり、子育てもある。人生半世紀に達すれば、年月の早さを身を持って知ることになるだろう。
長田の高校時代の恩師は湯浅大智である。東海大仰星のラグビー部監督で保健・体育教員は、プロ選手がラグビーにより集中できることを認めた上でこう話した。
「ただ、人生の豊かさや厚みを増すのは、社員とアスリートの視点を両方持って歩む方だと思います。その厳しい道を選ぶ長田は教え子ながら、敬意しかありません」
その豊かさや厚みの中には、ラグビーを守る、という行為ももちろん含まれる。