ラグビーリパブリック

【ラグリパWest】糸。伊藤達保 [iTO COFFEE/代表]

2024.03.25

iTO COFFEE(イトコーヒー)の代表、伊藤達保さんはコーヒーを淹れる。大阪の興国高、近大でラグビーをやったとは思えない柔らかい雰囲気が漂う。この豆からこだわったコーヒーにはファンが多い


 近鉄に学園前という駅がある。市域は奈良。特急を含むすべての電車が停まる。この街は関西における高級住宅地のひとつである。駅前に幼稚園から大学までを網羅する学園があり、東京の成城に似ている。

 その駅の北の方角にiTO COFFEEがある。「イトコーヒー」と読む。オープンは昨年4月7日。じき周年を迎える。

 このカフェまで、学園前の駅からバス停で8つ。距離がある分、駐車スペースは10区画と充実する。座席数は20。クリーム色と茶系の店内は落ち着きが満ちている。

 カフェの推しは焙煎コーヒーと甘麹酵母(あまこうじこうぼ)のドーナツとのペアリング。どちらも自家製である。

 この店の代表は伊藤達保。仲間うちからは「タツホ」と下の名前で呼ばれる。180近い長身。しゅっとした顔立ちに太い黒縁眼鏡がアクセント。この57歳はハンサムだ。

「コーヒーもやけど、ドーナツにも自信がある。普通のイースト菌やなく、体に優しい麹の酵母を使っている。このドーナツはないよ」

 コーヒーは豆選び、焙煎、淹れるまでをタツホの責任でやる。ドーナツは妻の紀子が店内の厨房で作る。夫唱婦随である。

 ポピュラーなコーヒーは「iTOブレンド」。グアテマラ、ブラジル、ケニアと3種類の豆を使い、味に深みを出す。プレーンのドーナツは高級ようかんのようなべたつかない甘み。値段は税込みで500円と250円である。

コーヒーとともにiTO COFFEE(イトコーヒー)の主力商品でもあるドーナツ。伊藤夫人の紀子さんの自家製である。このドーナツとコーヒーのペアリングは抜群だ

 カフェの天井には昔なつかしい黄土色の皮のラグビーボールが鎮座している。コーヒーポットからお湯を注ぐタツホからは想像しがたいが、若かりし頃、この競技をしていた。

 大阪の興国高校時代はスピードあふれる大型FBとして2年連続で全国大会に出場した。国体の府選抜チームにも入った。近大と短縮形が親しまれる近畿大学でも続けた。

 タツホは社会人ラグビーとのマッチングがうまくいかず、卒業後はアパレルに就職する。そこで紀子と出会う。結婚後は紀子の実家で働いた。金型製造の会社だった。

 そこでの役目は先頃、終えた。
「元々、コーヒーが好きやったんで、勉強をしよか、ということになった」
 専門の学校で焙煎を学んだり、4か月ほど、大阪市内のカフェでも働いた。そして、昨年4月の開店を迎えた。

「焙煎は難しい。豆を同じように火にかけても、出来上がりが全然違う。豆そのものの品質、焙煎するところの気候、気温、湿度、そして、気圧まで言う人もいる」

 タツホはコーヒーという道に本格的にとりついた。その道を歩む芯の強さはある。高校の時に培われた。入学後、ラグビーを始める。興国は全国レベルの強さがあった。

 それまでの野球少年はランパスの洗礼を浴びる。4、5人で横一列に並び、パスをつなぎながらグラウンドの縦100メートルを最速で走らされる。往復で1本と数えた。

「毎日、20本や30本は走った。しんどく、しんどくて、嫌やった」
 それでも、逃げなかった。
「気分的に楽になろうと思って、家に帰ってから、同じ本数だけ近所を走った」
 1年生で雑用や上下関係などもあり、ヘトヘトになって帰宅しているのに、1日2回目の個人ランパスに挑む根性があった。

 そのメンタルの強さで初心者ながら2年でFBのレギュラーとなる。その時の全国大会は63回(1983年度)。2回戦で国学院久我山に3-16で敗れた。出場校は32校。今の51校の3分の2ほどだった。

 3年時は府予選決勝で、「有利」と言われた大阪工大高(現・常翔学園)を4-0で破る。花園出場連続記録を11で止める。当時、トライは4点だった。

「前半20分でトライをとってから、耐えて、耐えて、っていう感じやった。でも練習のしんどさに比べたら、試合の方が楽やった」

 64回大会は8強敗退。優勝する秋田工に7-32だった。そして、近大に進む。兄が付属高校から近大に行ったこともあった。

 当時の関西リーグは同志社と京産大、大体大による「三国志」の様相であり、近大はこの3チームに勝てなかった。タツホの4年時は6位。4年間の最高は5位だった。

 卒業後も近大ラグビーとの縁は切れず、OB会の会長を2017年から4年間、任された。その経験からも後輩たちに望むことがある。
「総監督がいる間に関西制覇をしてほしい」
 総監督の中島茂は76歳。1971年の監督就任以来、半世紀以上もラグビー部に携わっている。現在は学園トップの理事のひとりだ。

 タツホの近大ラグビーを思い、サポートをするのと同じ気持ちは、外側にも向けられている。カフェは1戸建ての1階にあるが、2階をワークスペースとして開放する。定期的に味噌作りやうどん打ちなどが行われる。

「お店は持ってないけど、しっかりしたものを作っている人はたくさんいる。そういう人たちを応援したい」

 カフェへの入店はベビーカーつきでもOK。ペットと一緒に過ごせるテーブルも2つ用意している。周囲に気兼ねせず、快適な時間を過ごしてほしい。タツホはラグビー精神の「One for All」を地でゆく。

 ここにはラグビーつながりで訪れる人も少なくない。面識のない同志社の高齢OBが噂を聞きつけ、コーヒーを飲みにやって来た。近くに住む中島も顔を出してくれる。
「偉そうなことを言うたけど、ほんまはこっちが応援されているのかもしれんな」
 タツホは「All For One」もまた感じている。

 iTO COFFEEのイトは姓の伊藤をもじっているが、「糸」の意味もあるという。
「糸を絡める。つながってゆければ」
 夫婦もアパレル、「糸偏」(いとへん)の仕事で縁づけられた。これからもコーヒーとドーナツで周囲を助け、周囲に助けられ、後半の人生を歩んでゆく。


◆ iTO COFFEE (イトコーヒー) ◆
■住所 〒631-0006 奈良市西登美ケ丘4-2-10
■電話 0742-31-7040
■営業時間 10時~17時(ハンバーガーなどのブランチは10時30分始まり。14時30分ラストオーダー)
■定休日 月曜と火曜
■座席 20席
■予約 不可(ペット席は可)
■最寄り駅 西登美ケ丘4丁目バス停(奈良交通)からすぐ
■喫煙 不可

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