断崖絶壁からよじ登った。
37分からの20分間は数的不利を強いられた。危険なプレーをしたと見られた選手の退出によってだ。人数を元に戻した57分の時点で、8-26と18点差をつけられていた。
それでも終盤、いくつかの危機を切り抜け、少機をものにした。ラストワンプレーで、逆転した。
3月15日、東京・秩父宮ラグビー場での国内リーグワン第10節。ディフェンディングチャンピオンのクボタスピアーズ船橋・東京ベイが、昨季3位の横浜キヤノンイーグルスに29-26と辛勝した。勝率5割で12チーム中6位と、プレーオフに進める4強入りの争いで踏みとどまった。
「勝ったのは大きいですね。次につながったというか。…疲れましたけど」
末永健雄。地元のかしいヤングラガーズ、福岡高、関西の同大を経て2017年に入部の29歳である。
身長178センチ、体重98キロと一線級にあっては小柄も、球際での瞬発力が光る。
今季7度目のフル出場となったイーグルス戦でも、随所に持ち味を示した。走者へ素早く迫っては、ぶつかる瞬間に腰を落とした。向こうの懐へ身体を差し込むことで、鋭く押し返せた。
自分より大きな相手へタックルする心境を聞かれ、簡潔に答える。
「正直に言うと、始まる前には恐怖心があるんですけど…。そこを外されて、次(のゲームのメンバー)に選ばれない方が怖いので」
12月中旬の開幕から全試合に先発し、そのうちこの夜を含む9試合でオープンサイドFLを担っていた。
第9節のトヨタヴェルブリッツ戦では27-31と惜敗も、インパクト満点のターンオーバーなどで気を吐いた。
好調のわけは。そう問われると、「もう一回、切り替えて、目の前のことに集中しよう」と思えたからだと説く。
どうやら最近になり、昨季終盤に故障した手が癒えてきたそうだ。つまり前年度は痛みを抱えて日本一になったわけだが、いまは、当時あったハンデとも決別している。頂点に立った時よりコンディションがよい。
心が改まったのも大きい。現在進行中のシーズンで黒星を喫するうち、ずっと抱いている「つもり」だった勝負への飢餓感、ひとつのミスも許せないと自覚する危機感が、さらに高まってきた。
「本当は初めからそうできたらよかったんですけど、ちょっとずつ、パフォーマンスが上がってきたかなと」
自らの進歩を肯定しつつ、自らを戒めるのも忘れない。イーグルスを下した直後に漏らす。
「(個人的には)悪くはないですけど、もっとよくできる。タックルは行けていたんですけど、1~2回の(ターンオーバーできる)チャンスでボールを獲れるようにしたい」
以前、黒い髪を金にした。祖母が観戦時に孫を見つけやすくするためだと述べたことがある。
「…と、いうテイです」
改めてそのことを問われ、苦笑する。
いまは地毛も目立つ。一時はチームカラーのオレンジに染め直すのを検討も、「やっぱり、さすがにそれはまずい」と取りやめている。
周りに期待される日本代表入りへは、本人も「以前と比べたら、マッチするんじゃないか」。今年就任のエディー・ジョーンズ ヘッドコーチが「超速ラグビー」を謳うなか、シャープかつ爆発的なヒットをアピールしたい。
もっともまず見据えるのは、先の未来ではなく近い未来だ。
「本当に一戦、一戦という感じなので、目の前のことに集中していくしかないです」
22日は秩父宮で、先のファイナルで下した埼玉パナソニックワイルドナイツに挑む。