ずっと父は「かっこいい」存在だ。
西端玄汰(にしばた・げんた)はその背中を追いかけて、同じ近大を選んだ。正式名称は近畿大学である。
愛称「ゲンタ」は表情を崩す。
「父に近づきたい思いはめっちゃあります。年を重ねるごとに強くなります」
目がアーチ状になり、「ふにゃっ」とした雰囲気が増し増しになる。親子で似る。
父は要(かなめ)。この近大から、2年前に休部になったサニックスに入った。現役時代は闘士だった。170センチほどの小さなFLながら、九州代表に名を連ねた。
ゲンタには覚えているシーンがある。
「試合中、相手がラックからボールを出さないで時間稼ぎをしていたら、後ろから助走をつけて思いっきり飛び込みました」
イエローカードを示されたが、ゲンタは感動する。ずるいこと許さず、父は体を張った。
父は今、46歳。近大での学年はラグビー部監督の神本健司のひとつ下である。
「ゲンタはキャラがいいですね。笑いながらしんどいことができます」
神本は最初、ラン能力の優位性を口にしたが、後ろを強めた。組織や社会で生きてゆくには、ラグビー以上に大切なことだ。
ゲンタはこの4月で最終学年の4年生になる。ポジションはBKのユーティリティー。175センチ、80キロほどの体で昨年はFBをやった。東福岡の高校時代はWTBであり、SHとしてパスもさばける。
その父の影響で競技を始めたのは6歳。福岡の玄海ジュニアラグビークラブに入った。
「気がついたらやっていました」
父は思った。
「やるんかー」
危ないと思ったけれど、やめとけ、とも言えない。自分はずっとやってきた。
今では西端家の子ども3人すべてが楕円球を追う。ゲンタの妹2人、渚は新高2で折尾愛真(おりおあいしん)、湊美(みなみ)は新中3で福岡レディースに在籍している。それは父に向ける尊敬の裏返しでもある。
ゲンタがFL出身の父から教わって、印象に残っているのはタックルだ。
「まずインパクト。次にバインドだと言われました」
ディフェンスの大切さは心に刻まれている。
玄海ジュニアラグビークラブでは中3まで競技を続け、高校は東福岡に入学する。
「廣瀬雄也が行っていました」
廣瀬はひとつ上。小中やラグビースクールも同じだった。兄貴分で呼び捨てにできる仲である。廣瀬は明治に進学して、この春、リーグワンのS東京ベイの一員になった。
東福岡では練習後に30分ほど自主練習した。監督の藤田雄一郎にはよく注意された。
「早く帰れ」
ゲンタの通学時間が宗像の辺りから片道1時間30分ほどかかること知っていた。
ただ、人と同じことをやっていたのでは公式戦には出られない。こそっと練習するその「こそ練」が実り、ゲンタが公式戦メンバーに名を連ねたのは3年生の時だった。
全国大会は100回(2020年度)。準決勝の京都成章戦は右WTBで先発した。
「申し訳ない気持ちでいっぱいです。自分がタッチに押し出されて試合が終わりました」
京都成章に21-24。ゲンタからは謝罪の言葉がもれるが、実態はラインブレイクをしてゴール前に迫っていた。
近大では3年生の昨年からFBとして正位置をつかむ。関西リーグは7試合中6試合に先発した。50メートルを6秒1で走る速さ、守備者を置き去りにする左右へのステップが主な起用理由である。
そのリーグ戦は4位。今年の目標を掲げる。
「関西優勝と大学選手権でベスト4以上です」
強気には裏付けがある。同期にはFWとBKで軸になる選手がいる。スクラム自慢の右PR、稲場巧と速くて強いWTB植田和磨だ。
植田は7人制日本代表。パリ五輪に出場すれば7月末までチームを留守にする。
「夏まで僕らが頑張らないといけません」
ゲンタにはトライへのラストパスを植田につなぐイメージは出来上がっている。
植田のチーム合流まで軸になるべく、ゲンタはこの春、下半身強化に挑んでいる。
「ウエイトは週4日あるのですが、そのあとにエアロバイクをこいだりしています」
ふくらはぎを強くするため、バーベルをかついで、かかとを上げ下げする「カーフレイズ」も積極的にやっている。
自己を磨くのは個人的な理由もある。
「リーグワンのチームでラグビーを続けたいんです」
プロではなく、社員選手としての入社を希望する。そのためには春から試合に出て、結果を積み上げてゆくしかない。
その進路選択も父の影響がある。父は今、安川電機で正社員として働いている。ゲンタを含めた家族5人を安定して養えている。ラグビー部ではヘッドコーチ。チームはトップキュウシュウAリーグに所属する。
父は2015年に現役引退をした。14年間、籍を置いたサニックスで最後はプロだった。
「父は安川電機にいくまで、トラックの運転手や電気工事の仕事していました」
父は言った。
「私はラッキーでした」
その父はゲンタへの願いがある。
「友だちをいっぱい作ってほしい」
生きていく支えとして、家族のかたわらに一緒に汗を流した者たちがいれば人生は心強いし、楽しい。道も拓ける。
その父の望みを現実とさせるためにも、ゲンタは社会人でもラグビーを続けたい。大学最終学年は、高校最終戦のような悔いを残さずにやる。それが将来につながる。