「ニコイチでここまでやって来ました」
綾部正史(まさし)の短い言葉の中に、山本健太の大きさが示されている。
大阪桐蔭のラグビー部監督は14学年下の35歳部長に全幅の信頼を置いている。ともにOBでもあり、「ケンタ」と呼ぶ。
ニコイチは本来、女性の仲のよさを示すというが、要は「必要不可欠」ということだ。
その大阪桐蔭は25回目となる春の選抜大会に「関西王者」の称号で挑む。1回戦は今月23日。国学院久我山と対戦する。
春の頂点には一度、立ったことがある。14回大会(2013年)だった。決勝で東海大仰星に33-14。大阪決戦を制した。
当時、ケンタはコーチ4年目に入る頃だった。初めて大阪桐蔭は全国を勝ち抜く。
「あの時よりも今のチームはFWとBKのバランスがとれています」
目じりを下げる。日焼けした顔。黒い髪。精悍さが漂う。
選抜につながる近畿大会では他校を圧倒した。東海大仰星、京都成章、御所実との3試合で平均得点は44、同失点は2だった。
練習試合で笛を吹いた南藤辰馬がその強さを分析した。
「フィジカルとBKの上手さですね」
南藤は花園近鉄ライナーズのWTBだった。昨年5月で現役引退。その後、レフリーに転じた。目は肥えている。
今や大阪桐蔭の看板となったフィジカルに関して、綾部は昔、話したことがある。
「ケンタが言っていました。ブレイクダウンで負けなければ、試合で負けることはそうはないですね、と」
その示唆が看板の根底にはある。
大阪桐蔭のグラウンドは土だ。生駒の国定公園にかかり、開発が難しい。その分、それは相撲の土俵になる。体を叩きつけ、つけられる中で、自然に強さがついてくる。
当たり自慢のFWがサイドを突く。スペースができるやSO上田倭楓(いぶき)がBKラインを動かす。ケンタは解説する。
「下級生から試合に出ている生徒が多いです」
上田とCTB主将の名取凛之輔は1年生からレギュラーだった。経験豊富だ。
綾部はCTB、ケンタはSOの出身だ。
「BKラインは綾部先生を中心に生徒も含めてみんなで考えています」
トップダウンではない。
「生徒が考えやんと…」
ケンタからは和歌山なまりがわずかに出る。
その出身中学は和歌山との境にある。大阪の岬(みさき)。競技は2年生から始めた。
「それまでやってきたサッカーがなく、学外のクラブに行ったけど、イマイチでした」
大阪桐蔭への進学はラグビー部同期の四至本侑城(ししもと・ゆうき)の誘いだった。
岬町から大東市にある学校までは片道2時間かった。南海で北上。新今宮でJRに乗り換え、京橋でさらに東に向かう。
「僕よりも親が大変やったと思います。弁当作りとか。今でも感謝しています」
高3時、綾部がコーチから監督に昇格した。ケンタはSO、そして主将として花園に出場する。86回大会(2006年度)は3回戦で正智深谷に22-29で敗れる。
「6年ぶり、4回目の出場でした。まだ、全国に出るのは当たり前じゃなかった。その中で綾部先生は1年目からチームを全国に出しました。すごいな、って思ったものでした」
ケンタの進路は大体大。最初は理学療法士になるため、専門学校に行くつもりだった。
「なんで、キャプテンやのに続けへんの?」
綾部は母校に話を持っていった。惜しい人材だった。大学でも先輩と後輩になる。
ケンタは2年生からCTBなどで公式戦に出場する。当時の体格は170センチ、76キロ。4年時、主将として大学選手権に出場する。47回大会は1回戦で早稲田に7-94。関西リーグは4年時から見ると4、7、6位だった。
成績は振るわなかったが、同期には恵まれた。CTBの白木繁之やFBの伊達圭太(旧姓=鎌田)、FLの田仲祐矢はそれぞれの母校、常翔学園、城東(徳島)、名護の監督になった。常翔学園と城東は今回の選抜に出場する。
「同期と大会で会えることはうれしい。僕が母校に戻った時には誰もいませんでした。白木も中学の先生だったし。ただ、ライバル意識はあります。負けず嫌いですから」
大体大卒業と同時にケンタは大阪桐蔭に戻った。また、綾部が道をつけてくれた。
「授業やクラブや高体連の役員もあって、手が足りん。どうや?」
2011年の4月にコーチになった。
来月になれば指導者として14年目を迎える。その間、冬の花園では98回大会(2018年度)で初優勝した。決勝戦は桐蔭学園に26-24。今では保健・体育の正教員にもなった。
ニコイチの理由がある。綾部は高大で主将をつとめたけん引力も含めケンタを必要として、ケンタは綾部を尊敬し、立ててきた。この関係に大阪桐蔭の真の強さが潜んでいる。
その大阪桐蔭の選抜出場は節目の10回目。野球もまた選抜に出る。監督の西谷浩一は甲子園で春夏8回の優勝をさせた。綾部はこの5学年上の同僚を敬っている。野球とのアベック出場は9回。まだアベック優勝はない。
もっとも近かったのは2018年の19回大会だった。ラグビーは準優勝する。桐蔭学園に26-46。野球は優勝した。90回大会決勝は智弁和歌山に5-2だった。
ケンタは選抜への自信をほほ笑みで示す。
「楽しみです」
野球とともに頂点に到達すれば、忘れられない2024年の春になる。そのためにも、綾部を支え、白に紺ラインが一本入ったジャージーを良化させることに心を砕いてゆく。