日本ラグビー界初のプロクラブとしてスタートを切った、静岡ブルーレヴズの運営面、経営面の仕掛け、ひいてはリーグワンについて、山谷拓志社長に解説してもらう連載企画。
15回目となる今回は、プロスポーツクラブの組織づくりについて語ってもらった。(取材日2月29日)
◆過去の連載記事はこちら
――今回は「プロスポーツクラブの組織づくり」をテーマに伺います。いわゆる一般企業とプロスポーツクラブの経営の違いは。
スポーツビジネスは商材の種類や価格が多岐にわたり、ステークホルダーも多いので、柔軟な発想や対応力が求められます。それは他のビジネスとは違う部分なのかなと思います。
一般的な企業ももちろん大変ですが、スポーツビジネスは原材料を仕入れ、モノを作って売るというようなシンプルなビジネスモデルではない。
法人を相手にする高額な商材を扱うスポンサーセールスもあれば、個人(ファン)を相手にしたチケットセールスやグッズ販売もある。
スポンサーセールスであれば、形として目に見えないモノ(広告)を何百万、何千万円で買ってくださいという企画提案力が問われるし、年に1度しか商談のチャンスがない中でお客さんとの関係をじっくり築きます。
一方でチケットやグッズは、何百円、何千円のモノを目の前の人にできる限り買ってもらわないといけない。
陸上の十種競技のような感じで、職種によって使う筋肉が全然違うんですよね。しかも、試合の勝ち負けや選手のケガ、試合時の天候などはコントロールできない。非常に品質が不安定です。そこに対峙していく取り組みや姿勢が大事になります。
――レヴズの経営者として3季目を迎えた、山谷さんご自身の評価を。
正直、壁に当たっているというのが率直な心境です。というのも、ブルーレヴズに来る前にバスケのチーム(の社長)を2つやってきましたが、いずれも事業スタッフは30人未満の組織でした。
しかも、チームをゼロから作るフェーズだったので、自分でガンガンやっていくスタイルでした。人数が少ないのでそうするしかない、ということもありました。つくばロボッツ(現・茨城ロボッツ)の初期には5人程度で回していましたから、試合の運営はもちろん、自分でマイクを持ってアナウンスしたこともあります。なので、妙に現場の細かいところまで目がいってしまって。
社員は嫌がるかなと思いつつも、質を上げるため、ファンの皆さんのためにと、こうやった方がいい、こうやるべきと指摘してきました。それでも立ち上げの社長ということもあり、みんな付いてきてくれていたんですよね。
ただブルーレヴズは、チーム自体は前からあったわけですし、ヤマハの社員だった方々が出向してきたり、僕が加わる前から立ち上げに関わってきたメンバーもいます。しかもはじめ社員は15人くらいでしたが、いまは30人を超え35人にまでなる勢いです。細かいところまで目を配ってきたこれまでのスタイルでは、逆にみんなのモチベーションを下げてしまっていると、この1年痛感しました。
自分がこうだと思っても、任せるところは任せようと。社員のモチベーションは本当に高いですから、そこを信頼する。いまは自分の下にいるマネジャー(各部門のリーダー・管理職)までで完結するように伝えることも多いです。細かいところまでやってきた身としては、一抹の寂しさもあるのですが…(笑)。
――事業スタッフが増えていく中で、工夫されていること、取り組んでいることは。
毎年、社員研修をおこなっているのですが、昨年はリンクアンドモチベーション時代に同僚だった方にコンサルティングや講師をお願いして、ブルーレヴズの社員の行動指針を作りました。
「やり抜く」という意味の「GRIT」という言葉で、それぞれの字を頭文字にしてブルーレヴズの社員として大事にしたいことをみんなで考えました。
「G」はグレートコミュニケーター(Great communicator)。オープンにコミュニケーションを取りましょう。
「R」はロールプレイ(Roll play)。お客さん立場になって考えたり、他の社員の立場になって考えよう。
「I」はイズムオリエンティッド(Ism oriented)。ヤマハのDNAやブルーレヴズらしさを探求し、一方でラグビー界やクラブの歴史における常識にとらわれない発想をしよう。
「T」はチームスピリット(Team sprit)。チーム全体で共に協働・共創する意識をもとう。
ヤマハ発動機時代からいる人、ブルーレヴズ立ち上げの時からいる人、最近入社した人と、社員によって入社時期が全然違う中で、こうした指針があれば、これから入ってきた人たちも含めて、ブルーレヴズが何を大事にしているかが分かる。みんなこれらを意識して日々仕事をしたり、議論してくれていますし、浸透している感じがあります。
もう一つ、みんなで良い仕事を称え合う、こだわってきたことをプレゼンするような場を最近設けました。みんなで目線を合わせ、共通の言葉を理解し、お互いを理解することを意図的にやっていかないと、人が増えてきた分、コミュニケーションは減ってきますから。
3か月に1回はやろうと思っていますし、この前も僕自身、社員のプレゼンを聞いて新しい発見があったり、刺激にもなりました。例えばグッズ担当の若手社員から、こういう考え方でこんな工夫してSNSで情報発信しているという話を聞いて、すごいなと感心したんですよね。自分が指示してやってもらうよりも、よっぽどみんなが考えてやってくれている。任せる、ということに対して僕も安心感が出てきました。
あとは、昨年の12月から僕は社内向けのブログを始めました。2週間に1度、僕が感じていること、大事だと思っていること、意識して欲しいこととかを書いています。
少ない人数であれば飲みにいって話をして、みたいなことも30人を超えるとなかなかできないし、外出していることも多いですから。それに、社長がいま何を考えているかはすごく気になると思うんです。なので文字ではありますが、僕自身の考えを伝えていきたいなと。それがきっかけでコミュニケーションしてくれたら嬉しいですね。
――逆に、バスケチームを経営してきた時から変わらず大切にしていることは。
こだわり続けているのは人材採用ですね。(過去に山谷社長が勤務していた)リクルートやリンクアンドモチベーションは「採用がすべて」というカルチャーの会社でしたので、そのDNAがまだ自分の中にあります。良い人材を獲得できれば、その部下も育ちますし、乱暴な言い方かもしれませんが勝手に会社は成長するんです。
特にわれわれのビジネスは工場でモノ作るわけではないので、一人ひとりの仕事が直接的に価値を生み出します。お客さんへの対応だったり、試合運営であったり、知恵を絞ってグッズを作ったり…。人の力でしか生み出せないビジネスです。なので、採用はあらゆる業務の中でも一番大事な仕事のひとつだと思って自分自身もコミットしています。
実はバスケチームに関わっていた10~15年前と違い、いまは良い人材を獲得するのがすごく難しくなっています。昔はスポーツビジネスがまだ珍しい業種、業態で、スポーツに関われるのはすごくやりがいがあり、多少給料が低くても人気だったのですが、いまはプロ野球やJリーグに加えてBリーグも発展してきたので、人が足りてないんです。
なので、募集をかけることに加えて、こちらから積極的に口説くようなこともやっています。モチベーションが高くて、スキルもあり、経験もある優秀なビジネスパーソンであれば職種に関わらず採りましょうと。そのくらい優秀な人材に縁があれば、時間とエネルギーをかけていきたい。僕も社員が一次面接して評価が高ければ、すぐに会いに行きますし、食事をしながらしっかりビジョンを共有したりします。
――それにしても、事業スタッフが30人を超えているのはラグビーのチームとしてはかなり多いです。
この人数は必要だという判断です。しっかりオペレーションしていくため、これから売り上げをもっと上げるために必要な人数だと思っています。将来的には40〜50億円の事業規模を目指す中で、そういう組織とはどういう組織かを逆算して考えてもいます。
稼ぐのが先か、採るのが先か。鶏と卵みたいな話ですが、僕は人がいないと価値は生み出せないと思っているので、人をまずは採用していく考えです。
もちろん、この人数であればもっと稼がなければいけないとも思っています。みんなの力をより上手く活かして、お金に変えることをやっていかないと。そこは試合の数やラグビーの人気、チームの強さも絡み合うものでもありますが、やれる限りのことは進めていく。日本一になった時には相当マネタイズできるだけの人員を揃えている自負があります。
チケット売る、お客さんを楽しませる、自分たちでスポンサーを獲得するというプロスポーツクラブとしてのファンダメンタルはこの3年間で確立できました。
それは、ラグビー界ではつい3年前までどのチームもやってこなかったことで、それらを短期間で確立できたのは社員みんなの頑張り以外のなにものでもありません。もう試合のオペレーションも安心して見ていられます。
次のステップは、ラグビー界でレヴズはすごい、よくやっていると言われる次元から、BリーグやJリーグ、さらに海外のプロスポーツクラブなどと対峙した中でのスタンダードを求めていこうと。プロスポーツクラブの全体の中でもレヴズはクオリティが高いと言われるようなことを目指していこうと話しました。
前回お話しした新スタジアム含め、そのために必要なことを開拓していくのが僕の役割だと思っています。
PROFILE
やまや・たかし
1970年6月24日生まれ。東京都出身。日本選手権(ラグビー)で慶大がトヨタ自動車を破る試合を見て慶應高に進学も、アメフトを始める。慶大経済学部卒業後、リクルート入社(シーガルズ入部)。’07年にリンクスポーツエンターテイメント(宇都宮ブレックス運営会社)の代表取締役に就任。’13年にJBL専務理事を務め、’14年には経営難だった茨城ロボッツ・スポーツエンターテイメント(茨城ロボッツ運営会社)の代表取締役社長に就任。再建を託され、’21年にB1リーグ昇格を達成。同年7月、静岡ブルーレヴズ株式会社代表取締役社長に就任