ラグビーリパブリック

幻の高校日本代表、「全国の表舞台」へ。清水建設江東ブルーシャークス新人LO安達航洋

2024.02.27

安達航洋は「ラグビーと仕事の両立」。上のレベルを選んだ(撮影:見明亨徳)


 2月24日、駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場。リーグワン・ディビジョン3(D3)の清水建設江東ブルーシャークス(江東BS)がクリタウォーターガッシュ昭島を迎えて第7節を戦った。試合は江東BSが前半6分、背番号4をつけたLO高橋広大のトライで先制すると、ラインアウト起点からSOコンラッド・バンワイクのPGにつなげるなど試合をリードする。前後半6トライを奪い、41-19で制した。江東BSは5戦3勝2敗、勝点16。5戦全勝で勝点23の首位、日野レッドドルフィンズに次いで2位。D2自動昇格2チーム内につけている。

江東BSのラインアウト。WG昭島戦では得点の起点になった(撮影:見明亨徳)
激しいコンタクト。安達が身につけたいスキル(撮影:見明亨徳)

 この日、メインスタンドへの通路には、江東BSチームシャツを着た5名の若者が観客と話をしていた。今春、大学を卒業予定で新加入が決まり、アーリーエントリーで試合出場資格を得た選手たち。
 その中で190センチの最長身が安達航洋。地区対抗を主戦場とする東京学芸大主将。大学ラグビー界では大学、名前が全国区では「無名」といってよいか。学芸大は2023年度、21名の選手で戦った。目標は2つ。春は都内にキャンパスを置く国公立大学大会の王座奪還。そして秋からは地区対抗関東1区で優勝し「第74回全国地区対抗大学大会」を連覇すること。

 1つ目の国公立大会は、6月11日に決勝戦をおこない学芸大が一橋大を42-0(前半15-0)と完封し優勝した。コロナ禍前の2019年トーナメント大会以来の王座に返り咲いた。2つ目、地区対抗。関東1区は所属が東京都市大と2チームのみ。2戦し2連勝で全国切符を得る。年があけ’24年1月2日、愛知・パロマ瑞穂ラグビー場での全国大会。準決勝の追手門学院大戦、前半を15点差でリードされるも後半23分にトライで23-21と逆転した。しかし6分後から2連続トライを献上し28-38で敗れた。
 安達は話す。「国公立大会は達成できたが地区対抗は残念でした」。準決勝、ケガなどで学芸大のメンバー表にリザーブは2名だった。兄・拓海(大学院修士課程2年)とツインタワーでチームを引っ張ってきた学生時代を終えた。

学芸大主将としてチームを支えた。国公立大会決勝(23年6月)でトライを奪う(撮影:見明亨徳)

 学芸大ではE類生涯スポーツコース課程で学ぶ。スポーツを中心に地域、学校、家庭の連携を実現するコーディネート力と運動指導力を備えた人材育成を目指すという。
 江東BSから話がきたのは昨年2月前後だった。それまでは学問をいかせる公務員などへの就職を考えていた。チームの練習を見学した。「仕事とラグビーの両立を実現している」という印象を持った。チームも大学ラグビー界の隠れていた逸材と認識していた。

 安達は全国の強豪、桐蔭学園高でLO4番、レギュラーだった。2019年度、3年生の冬「第99回全国高校大会(冬の花園)」。桐蔭は’20年1月3日、大阪桐蔭高との準々決勝を31-12で制し、5日の準決勝は宿敵、東福岡高を34-7と寄せ付けなかった。そして1月7日、決勝戦は御所実業高が相手。前半3-14のリードを許すも後半6分に2年生右LO青木恵斗(現・帝京大3年)のトライ、CTB桑田敬士郎(青山学院大2023年度主将)のコンバージョンで4点差に。16分、2年のFB秋濱悠太(現・明治大3年)がトライを奪い逆転。23分、WTB西川賢哉(今春、明治大からレッドハリケーンズ大阪新入団)が追加の5点を決める。最後は主将SO伊藤大すけ(示へんに右)がドロップゴールを成功し23-14。9大会ぶり2度目の栄冠を勝ち取った。伊藤は早稲田大へ進み主将を務めた。3年生、左PR床田淳貴は明治大から日野へ加入する。PR岡広将は慶應大へ進みやはり主将、リザーブ平石颯も筑波大から今春、HOで横浜キヤノンイーグルス入団が決まる。逸材そろいのチームだった。

 そして安達は伊藤らとともに3月のウエールズ遠征を控える2019年度高校日本代表に選ばれた。メンバーには花園で戦ったPR川崎大雄(早稲田大-トヨタヴェルブリッツ入団)、大阪桐蔭HO江良颯(帝京大主将-クボタスピアーズ船橋・東京ベイ入団)、大阪桐蔭NO8奥井章二(帝京大-トヨタヴェルブリッツ入団)、御所実SH稲葉聖馬(大東文化大主将-リコーブラックラムズ東京入団)、早稲田大の伊藤はコベルコ神戸スティーラーズへ入る。御所実CTB冨岡周(関西学院大-レッドハリケーンズ大阪入団)、東福岡のCTB廣瀬雄也は明治大主将、クボタスピアーズへ。WTB/FBも御所実の石岡玲英は法政大主将から東芝ブレイブルーパス東京入団。高山とむ(東福岡-帝京大-リコー)。そうそうたる顔ぶれ。

 しかし2月以降、世界をコロナウイルス感染が襲った。遠征は中止になり「幻の高校日本代表」に。同期は大学へ進むとラグビー界の「顔」となっていった。
 安達は、桐蔭から学芸大へ進んだ兄と同じ道を選択した。岩本悠希監督ら首脳陣から「上のレベルでラグビーを続けたら」と勧められていた。清水建設へ入社してラグビーを続けるか公務員などへ進むか? 「同期の岡(慶大主将)には相談していました。岡は大学でラグビーをやめて一般就職します」。そして結論は「上のレベルで続ける」。 去年7月、母校桐蔭学園ラグビー部の2019、20年度、全国大会優勝祝勝会が開かれた。コロナ禍で延期していた宴。久しぶりに会った同期からは「学芸にいったのに、どうして?」と驚かれた。

 今は江東BSの練習に注力している。「すべて勉強です」と笑顔だ。学芸大は学生主体の練習、メンバー数も足りない。「激しいコンタクトはケガのリスクもあっておこなえません」。リーグワンの練習はメンバーが、フィジカル、フィットネス、持ちうる力を100%出し切って首脳陣へアピールする。そして試合出場を勝ち取る世界だ。
 「チームはLOのメンバーが少ない。自分はラインアウトなどを期待されています」。ここでもラインアウトの精度を上げるために複雑な動き、サインプレーを求められる。「まだまだ」と差を体感している自分がいる。アーリーエントリーで試合に出る権利は持つが、公式戦のピッチに立つには先輩たちに追いつき追い抜かないといけない。安達のほか、新人は天理大PR奈良真弥、成蹊大FL井上雄太、関西学院大SH金築達也、同志社大SH松尾麿人。大学では上位リーグ戦を戦ってきた。こちらにも負けられない。

江東BS新人選手。左からFL井上雄太、PR奈良真弥、LO安達航洋、SHの金築達也、松尾麿人(撮影:見明亨徳)

「江東はD2昇格、D1も目標にある。リーグワンに進む高校同級生、日本代表同期は『ずっと高い、上のレベル』にいます。でも、どこかで戦いたい。清水建設はスポーツ施設の建設も扱っています。大学での専攻がいかせるように仕事で経験を積んでいきたい」

 そう語る安達について、学芸大ラグビー部の鈴木秀人部長はこう証言する。
「安達は学業でも優秀でした。生涯スポーツ専攻の首席で学長表彰を得ています。3月、全体の卒業式で各専攻の首席を代表して総代を務めます」

 楕円球、そして実業の世界へ歩んでいく覚悟を持つ。

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