ラグビーリパブリック

表現する場はアートに移った。山本雄貴(元・横浜キヤノンイーグルス)

2024.02.22

1998年3月25日生まれの25歳。現在、個展を開催中



 自分を表現するフィールドが変わっただけだから喪失感はない。
 ラグビーがキャンバスに変わった。

 横浜キヤノンイーグルスを昨季限りで引退した山本雄貴(25歳/ユーティリティーBK)が、初めての個展を開いている。
 場所は、現役時代から通っていた『Cafe PARLOR』(東京都多摩市諏訪1丁目9-4)。2月1日に始まった『NEW MOON』と題した絵画展は、2月29日まで続く。

 小4の時から没頭してきたラグビーがなくなった生活を送っている。
 昨年12月にはリーグワンの新シーズンも始まり、かつて共に戦った仲間たちは、再び熾烈な争いの中に身を置いている。

 自ら決断して引退したのだから、悔いはないだろう。
 それでも、苦楽を共にしたチームメイトが躍動している姿を見れば、自分がそこにいないことに寂しさを感じないか。

「僕も、シーズンが始まったりしたら胸がざわつくかもしれないと思っていたのですが、そうはなりませんでした」

 個展の準備に忙しかったこともあるが、やはり、理由は冒頭の通り。
 グラウンドからは離れたが、ラグビー同様、夢中になれているものがある。
 そして、自分を表現する場があるから空虚さとは無縁だ。

イーグルス時代から通ったカフェ

 絵や音楽など、芸術が身近にある環境の中で育ってきた。
 曽祖父にあたる中井汲泉(なかい・きゅうせん)は、画家として知られた人物だ。

 音楽は、いつの時代も友だった。
 歌詞に込められたメッセージに励まされてきた。魂に火をつけてくれる曲に出会えば、それを試合前の仲間たちに伝え、背中を押した。

 70年代、80年代の洋楽、ソウルミュージックを、母はいつも聴いていた。その影響もある。
 同志社高校時代の中村直人コーチが伏見工(現・京都工学院)との決戦時に作ってくれたモチベーションビデオに熱くなった。その際に流れた『ひまわりの約束』は忘れられない。

 そんな生活の中で、感性が磨かれた。
 同志社大学時代、練習場に向かう途中に細野晴臣の『はらいそ』と出会った時は、体に電流が流れた。

 イーグルスに在籍した3年間、試合への出場機会はなかったけれど、人としての周囲への影響力を沢木敬介監督に評価された。
 いつも全員の前で語る時間を与えられ、試合前にみんなで見るモチベーションビデオを作る役目を(アシスタントアナリストの田嶋祥幸さんと共に)任された。

 ブランドリーダーとして、チームカルチャーを醸成していく日々の先頭に立った。
 公式戦に臨むメンバー以外で成す『ライザーズ』は、昨季リーグ3位まで駆け上がったイーグルスのモメンタムを生む発信源となった。

 そんな中で山本がチームとラグビーを離れたのは、その時が、自身が次のステップに進むタイミングと感じたからだ。

「イーグルスでは公式戦には出られませんでしたが、山本雄貴のラグビー選手としての人生に悔いはありません。自分を表現できた3年間だった。自分の中でそう納得できました」と、感覚的に決めた。

 現在、社業に励みながら芸術活動に取り組んでいる。
 アクリル絵の具を使い、キャンバスや画用紙に肖像画や風景を描いている。

 19点を展示している個展の会場は、イーグルスの練習後に、みんなでよく集まっていたカフェだ。都心からの交通の便は良くないけれど、自分からお願いして決めた。

「東京に出てきて初めて出会ったのがイーグルスのメンバーです。その人たちに、いま、こうして生きています、というものを見てほしいと思ったので」

イーグルスの仲間が個展の設営を手伝ってくれた

 個展の設営を手伝ってくれた仲間が何人もいた。オープニングレセプションに、何人もの選手たちが参加した。
 面白かったのは、作品について、「これが好き」、「ここがいい」と言ってくれる感覚が人によってまちまちなことだ。

「これまで、みんなと美術館に行ったことなどなかったので、一人ひとりのそういう感性については知りませんでした」と笑う。

 イーグルス以外の人たちも足を運び、感想を伝えてくれる。作品から勇気をもらえると言ってくれた人がいた。
「絵を見に行った時、自分自身もそう感じる時があります。よかった」

 いろんな感想が飛び交う空間を作れた。
 それも、個展を開いたからこそ得られた意義のひとつだ。

 今季実際にスタジアムに足を運べたのは、まだプレシーズンマッチのブラックラムズ戦だけだ。
 新しい選手もいて、新しいチームとして動き出したことが伝わってきた。

 引退を決めた直後、「来シーズンは来シーズンで、今年が一番というシーズンを過ごしてくれるはず」と言っていた。
 その通りの空気が、そこにはあった。

 イーグルスの仲間と会ったり話したりした時、いまでも自分が残したものが受け継がれていると聞くと嬉しくなる。
 どんな時も下を向くことなく『勝ち顔』でいよう。
 そう呼びかけたことがきっかけで浸透した姿勢は、やがてチームカルチャーとなり、いまもしっかり根付いている。

 ブランドリーダーの一人として、自分がやっていたのと同じ様な立場に今季立っているのは先輩の田畑凌(CTB)。在籍中はライザーズの一員として何度も同じグラウンドに立ち、熱くプレーした人だ。

 先輩は、今季第5節のブラックラムズ戦(24-8)で活躍し、プレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれた。

「同じように試合に出られない立場だった田畑さんとは、いろんな気持ちを共有してきました。その人が試合に出ているのを見ると、自分がそこに立っているような気になる。テレビ観戦でしたが、あの試合で表彰される姿を見て涙が出ました」

 あらためて思った。
「自分も、新しいステージでもっと表現していかないといけないな、と」
 これからの人生でも、勝ち顔を忘れることなく生きていこう。
 アートを通して、発信し続ける。

京都北ラグビースクール、同志社中、同志社大と歩み、イーグルスで3年間。全ての時間が宝物。(撮影/松本かおり)


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