ラグビーリパブリック

【コラム】大西鐵之祐先生の言葉。

2024.02.09

英仏遠征時の大西鐵之祐先生(左/故人)と筆者



「南洋の果物でドリアンというものがある。マングスチンが果物の女王なら。ドリアンは魔王だといわれる。ラグビーもまたスポーツの魔王と呼ばれるにふさわしい。これにのめり込んでしまうと一生離れることはできない。短くもあり長くもあった五十年、私にとっては、ラグビーへの挑戦の半世紀といえるであろう。この本はその挑戦の記録である」

 1984年、大西鐵之祐先生(故人)は早稲田大学や日本代表の監督を歴任された後、それまで様々な書物などに書き残された文章を「わがラグビー挑戦の半世紀」に編纂された。
 その中の未来予想についての一部をご紹介したい。

「人類の将来について、未来学が予測しえる世界的な通念が三つある。第一は人類を滅亡させるだけの量を持った核爆弾。第二は爆発的に増加する世界の人口問題。第三は社会の変化に基づく増大する自由時間に対する対応策である。スポーツとの関連で考えるなら、自由時間との関連性は非常に重要な意味を持っている。かつて現在の自由時間に匹敵する時間を持ったローマ人が、その対応策を誤って滅亡した過程を挙げるまでもなく、将来の人類に最も重大な影響を与えうる問題である。世界の各国もスポーツ指導者の養成と、その組織化に大きな力を注いでいる。もし我々がこのままの現状を放置するなら、子供たちが将来の自由時間を健全な活動に向けず、享楽にふける可能性が、歴史に照らして充分有りえるからである」

「労働時間の短縮と教育年限の延長だけを考えても、将来、青少年の迎える社会は余暇社会とも言えよう。我々の将来は、余暇と遊びの教育にかかっていると言える。消極的享楽に走るか、積極的創造に行動するか。スポーツはこれらに対処し貢献することができる。しかしその為には、現在のスポーツの概念を再検討して、現代社会と現代人の興味にマッチしたものを創造する必要がある。大学は速やかにこうした大研究に取り組まなければならない」

 大西先生が、上記文章を世に発表したのは、昭和45年(1970年)なので、今から54年前、すでにこれらの警鐘を鳴らし、日本の在るべき姿を示していた。

 今や、子供たちはゲームの世界に取り憑かれ、帰宅部が主流となり、人口減少が輪をかけて、様々な運動部は部員減少に苦悩している。
 昨年(2023年)は、ラグビーワールドカップや野球のWBCなどの興奮で、スポーツの世界に入る若者が増えるだろう。

 2019年のラグビーワールドカップ日本大会の感動でも、多くの子供たちがラグビーボールに触れた年でもあった。
 しかし、長期的視野で見ると、ネガティブに見える。

 先日、ラグビーのゲームを競技場で見ていて、前列の高校生グループが、一様につまらなそうに、あくびをしながら、ほとんどゲームを見ていない様子に驚いた。
(恐らく高校でラグビー部に所属する)彼らがその後、大学ラグビーに憧れて、厳しい体育会の門を叩いてくれるのだろうか。若しくは同好会で、ラグビーの魅力に浸り、ラグビーと共に青春を謳歌してくれるのだろうか。

 我々の時代、ラグビーは、観客席に人が入り切らず、そのプラチナチケットを得るために徹夜で並んだ時代である。
 ローマのコロッセオのようだった旧国立競技場も、垂直の壁におおわれるような観客席が、今にもグランドに倒れてくるのではないだろうかと思うほど、スタジアム全体が熱気を帯びて興奮していた、あの頃が夢のようだ。

 我々は今後、人生の自由時間、有り余る余暇時間をいかに生きるか。どう幸せな人生を送るかを真剣に考えていかなければならない。

 学生時代にオール早稲田で英仏遠征に参加した際、ロンドンの名門リッチモンドクラブを訪問し、交流したことを思い出した。
 そこには小さな子供たちから学生、社会人の現役選手までが、家族のようにクラブハウスにいて、緑の綺麗な芝のグラウンドでは、それぞれラグビーを楽しんでいた光景が蘇る。

 スタンドでゲームを見ていた時も「ようこそ、遠い日本から早稲田大学ラグビーチームの皆さんが、リッチモンドクラブを訪問してくれました」というようなアナウンスがあり、皆さんがこちらを向いて盛大な拍手で歓迎してもらった。

 クラブ全体に温かな空気が流れていて、イギリスの地域に根付いたクラブチームの神髄に触れた気がした。
 大西先生が危惧されていた、都市集中による社会の基礎集団の崩壊を、地域密着のスポーツクラブが受け皿として担えるはずだ。

 核家族化が進み、老夫婦が取り残された時、何を生き甲斐に楽しい人生を生きるか。ラグビーに目を輝かせている多くの子供たちに、大好きなラグビーを教え、その子供たちが日々成長する姿を感じ、自分もグラウンドを気持ち良く走ることが出来たなら、どんなに幸せな老後を過ごせるだろうか。

 ゴルフや釣りの愛好家が、前の晩から楽しみで早起きするように、ラグビーを愛する大家族が近くにいて、いつでも行くことが出来る古巣があったなら幸せな人生だと思う。

 また、欧米からは、様々な新種のスポーツが開発されて、続々とオリンピック種目にまでなっている。
 日本は、明治時代以降、欧米のスポーツを取り入れることでスポーツを楽しんできた。これからは、日本発の新スポーツを考案し、世界に発信してゆく時代だと思う。

 現代人がわくわくする、夢中になる、現代人のアクティブな人生に貢献するスポーツが考案されたなら、きっと日本は、世界から尊敬される国になっていくだろう。

 アニメやゲームの発信地であった日本が、世界を席巻している。日本人の感性でスポーツを創造したなら、きっと世界の青少年の心をつかむ魅力的な新スポーツが生まれると思う。

 いま日本は様々な分野で、硬直化した岩盤が崩壊し、時代が変わろうとしている。新しい世界の夜明けを、これからの時代を創って行く若きラグビーマンに、その意志と情熱を期待したい。

 これからも大西先生が残した珠玉の言葉を紐解いて、僕なりにラグビーやスポーツの未来、本質を考えていきたいと思う。


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