山田章仁は一時期、よく言っていた。
「期待と応えるはセットなので」
人に何かを「期待」してもらっているのなら、それに「応える」のが自分だ。
そんなポリシーに沿って働いたのは、2024年1月6日だ。九州電力キューデンヴォルテクスの14番をつけ、加盟するジャパンラグビーリーグワン2部の第4節へ出た。
会場は福岡県。生まれ育った地域にあるミクニワールドスタジアム北九州である。
今シーズン初白星を争う日本製鉄釜石シーウェイブスを20-11で制するなか、旧トップリーグ時代からの通算トライ数を100に乗せた。史上3人目だ。
身長181センチ、体重85キロで日本代表25キャップを持つ38歳は、「仲間に恵まれたな」。プロ選手として大切にしてきた、子どものファンのことを話す。
「3学期が始まったら隣の机の子に自慢できるようなネタを、ひとつでも作れたらと思っていました」
8点差を追う前半18分だった。敵陣中盤での連続攻撃のさなか、持ち場の右タッチライン際でフリーになった。手前に立っていたFLの中島謙が抜け出すのをサポートした。22メートル線付近でパスをもらった。
駆け抜けた。歩幅を徐々に大きくし、追いすがるタックラーを遠ざけた。
インゴールラインに近づいた。右腕で持ったボールを前方に向け、ゴールエリアまで舞った。
「100トライのなかで一番、飛んだんじゃないですかね。飛び過ぎたかな、とも。(地元とあり)皆さんに背中を押されたと思います。普段はあまり飛ばないのに、めちゃめちゃ飛ばさせていただきました」
これを記録的な瞬間とした。宙に浮いた時の心境を聞かれ、笑って振り返る。
「カメラの数、少ないなって! 飛んでいる瞬間、結構、時間があるんですけど、見たら2台くらいしかなくて」
フィニッシュ以外でも魅した。
12-8と逆転していた32分には、敵陣ゴール前右端で浮いたパスを内側へ折り返してスコアをおぜん立てした。
膠着状態だった後半にも、危険地帯へ先回りしてのタックル、ハイボールの捕球を披露した。
「会場を盛り上げるプレーをひとつでも多く。ハイパントキャッチのシーンも、好きですね」
試合終了が近づくタイミングで、グラウンドの中央付近へ寄って短いパスをカットしかけることもあった。未遂に終わったものの、機転を利かせて持ち場を離れたところに妙味があった。
「チームの皆が相手にオフロードパスが多いという分析をしてくれていたので(狙った)。捕って、トライするまで走りたかったけど」
北九州市の呉服屋の長男。公文、日本舞踊、英語教室と多彩な習い事に時間を割き、週末は楕円球に親しんだ。
YMCAラグビースクールを経て入った鞘ヶ谷ラグビースクールでは、力のあるチームメイトの「宮川君」との1対1の練習で負けん気を育んだ。県下有数の進学校である小倉高を卒業して慶大に進んでからは若きファンタジスタと遇され人気者となった。
ホンダヒート(現・三重ホンダヒート)、三洋電機およびパナソニックワイルドナイツ(現・埼玉パナソニックワイルドナイツ)、NTTコミュニケーションズシャイニングアークス(浦安D-Rocksの前身)を経て、昨季から現所属先にいる。
リザーブの切り札として3部からの昇格を決め、今季はここまで2試合連続でスターターを務める。昨年10月から指揮する今村友基ヘッドコーチ代行は、山田の起用理由について説く。
「あれだけのパフォーマンスを見せられると、80分、(フルで)使いたくなります。昨季は後半からいいインパクトを与えてくれましたが、今季はディビジョン2に上がっていて(強敵が増えたため)前半からいいパフォーマンスをしないといけないなか、彼を先発で起用しています」
大記録のかかる舞台へも、迷わずに送り出したわけだ。レコードクリアまであと1トライを残して地元で戦うという出来過ぎたシチュエーションのなか、「期待」に「応え」たアスリートに関し、指揮官はこうも言った。
「獲るべくして獲ったトライだと思います。普段の取り組みもプロフェッショナル。周りの選手にとっても見習うべきところが多いです」
ここに補足するのは、あの瞬間にラストパスを送った中島だ。26歳の社員選手は、山田ら専業のチームメイトの日常についてこう述べた。
「試合前のストレッチひとつをとっても、お手本になります。グラウンド外でも練習や対戦相手の動画を見ていて、本当に熱心です」
ノーサイドの合図を聞くと、まもなくセレモニーが始まる。この日の主役は正面に見据えるメインスタンドだけでなく、自身の背後に立つスポンサーボードの後ろのバックスタンドへも手を振った。
チームが昨季から作っていた記念Tシャツをまとい、家族から受け取った花束を抱いて叫んだ。
「きょうは、勝ったばい!」
拍手を浴びる。即席の青空ステージを離れる折、右手に並ぶシーウェイブスの選手に軽く会釈。左手に待つ同僚のもとへ戻った。