ラグビーリパブリック

古き良き天理らしさの裏に新しい天理らしさ。青年監督が描く理想。

2023.12.30

天理高校の王子拓也監督。天理高・大出身、2季前までNTTドコモでプレー(撮影:松本かおり)

 天理らしさを示した。味方が蹴った球を追う選手たちの列は横一枚に整い、捕球役へ鋭く迫る。このキックチェイスの動きが、陣地の取り合いを優位に傾ける。

「エリアの攻防は大事にしているので。チェイスのところは、よく頑張ってくれたと思います」

 こう話す王子拓也は、監督就任1年目の28歳だ。天理のOBでもある。

 12月30日、東大阪市花園ラグビー場の第1グラウンド。全国高校ラグビーの2回戦へ挑んだ。

 相手は関大北陽。初出場もシード校となった実力校だ。2大会連続64回目の参戦となる天理は、弾道めがけて一枚岩で走るキックチェイスを全うした。さらには自陣の深い位置でも堅陣を張り、攻めてはモールで少機を活かした。

 27-15。1月1日の3回戦へ進んだ。

 若き指揮官は、ただ選手を見守っていた。

「僕は、立っているだけ。(試合では)選手たちが決断している。その決断がはまってくれたら…と思っています」

 キックへの反応に代表される古きよき天理らしさの裏側には、新しい天理らしさがある。「生徒ファースト」のマインドだ。

 もともと、朝練習をはじめとした長時間のセッションで小兵を鍛え上げるのが天理の伝統だった。しかし昨季は、選手主導で練習計画を練った。一昨季まで4大会連続で全国行きを逃したため、スタンスを改めたのだ。

 結局、7回目の全国4強入りを果たした。太安善明前主将(現天理大)のリーダーシップもあり、大英断を結果に繋げた。

 当時コーチとして入閣したてだった王子は、現場の長になってからもその流れを受け継ぐ。

「生徒にとって何が一番いいかを大切にしていこうと思っていたところ、ちょうど(クラブ史上の)転換期がやって来たんです。生徒がうまく回る役回りは何か。それを考えながらやっています。『あ!』と思うことがあっても、それを僕が伝え手しまうと(選手の)意見がこちらに流れてしまうのではと感じます。基本的には選手たちが主体的にやっている。特に僕が何かを言うこともなく、楽しんでやらせてもらっています」

 前年度に続き、週1日はオフにした。それ以外にも、ウェイトトレーニングだけの日も設けた。

「練習は2時間。ただ、その2時間の中身を濃くしてきています」

 早朝の鍛錬も取りやめて久しい。ところがどうだ。

「こちらが何も言わなくても勝手に早く起き、勝手にグラウンドに出て、勝手に練習する生徒がいます。自分から求めてやることが、いい循環を生む」

 同時に、要所を抑えるのも忘れない。

「うちが一番、大事にしている理念は、勝って多くの人と一緒に喜ぶこと。そこに見合った行動ができているかについては、度々(指摘)しているところではあります」

 内部進学した天理大では主将となり、2018年からNTTレッドハリケーンズで社員選手としてプレー。退社する直前の2022年3月までは、NTTレッドハリケーンズ大阪へ名を変えた組織でリーグワン1部に挑戦した。

 現役時代にトップレベルを経験したことで、いまの教え子たちに何をもたらせるか。整理して答える。

「社会人時代、試合に出られない悔しさがありました。ただ、そこで諦めて腐ってしまうのか、諦めずに頑張るのか(の差)は大きいです。そうしたことも、(部員に)伝えられたら。生徒たちは前向きなので、心配なくやってくれていますが」

 王子の価値のひとつに、出番の有無にかかわらず「チームファースト」を貫いたことがある。

 印象的なのは、2021年のトップリーグ最終年度だ。控え組の一員としてレギュラー組に圧をかけながら、平時はチームイベントの企画を主導。クラブ史上初の8強入りを果たしたそのシーズンが終わると、部内で「チームマン・オブ・ザ・イヤー」に表彰された。

 その頃のことで本人が語るのは、当時のヘッドコーチから受けた影響の大きさだ。

 現役最終年までの計2シーズン、師事したヨハン・アッカーマン(現・浦安D-Rocks)は、選手に走り込みと試合形式を交えたハードワークを課しながら、誰からも慕われていた。

「皆が好きでした。人間味があって」

 母国の南アフリカで警察官をしたことのあるアッカーマンは、日々、競技を続けられることのありがたみを訴え続けてきた。王子もアッカーマンの言葉を胸に、奈良県天理市のグラウンドで「生徒」を見つめる。

「ラグビーを終えた時に、人として何が残るか。それが一番、大事なんだ」

 今回、花園には、ノンシード校として27日の1回戦から登場した。最初にぶつかった早稲田実業も強敵で、天理は14-7と制するまで複数のピンチをしのいでいた。次は通算9度8強以上の流経大柏とぶつかるだけに、連戦による疲れとも向き合わなくてはならない。

 視線の先に伸びる険しい道を、王子は前向きに見据える。

「そうなってもいいように練習を積んできた。ここまできたら、目の前の相手とやるだけです」

 かつて「チームファースト」で鳴らした青年コーチが、母校の「生徒ファースト」を後押しする。

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