3シーズン目を迎えたリーグワンの観客数が伸びている。
第2節の横浜E―トヨタV(日産スタジアム)が3万1312人の最多入場者数を記録すると、翌日の東京SGvsBL東京の「府中ダービー」(味の素スタジアム)では3万1953人と最多記録を641人分更新した。
府中ダービーは想定を超える集客で、試合開始までに来場者が会場にスムーズに入れないというトラブルが発生したほどだった。
上記2試合にはいわずもがな、先のワールドカップで活躍した国内外のスター選手が数多く出場。実力伯仲の好試合が予想され、首都圏の快晴も手伝って、会場に多くの人々をいざなった。
一方で、同じ時、誰もが知るスター選手がいるわけでもない、しかも雨空の中で、ディビジョン2最多記録となる8586人を集めた試合があったことは、まだ多くに知られていない。第2節の大阪―釜石(ヨドコウ桜スタジアム)。主催試合を盛り上げる地道な努力が実った快挙だった。
レッドハリケーンズ大阪(以下RH大阪。今年7月に名称から母体であるNTTドコモを抜いた)のマーケティング担当の井上敦智さん、ホストタウン担当の久内崇史さんに聞いた。どうやって、この状況でこれだけの人数を集められたのですか?
井上さんはまず、「実は発券段階で1万5000枚出ていました。だから、残念なんです。ホスト開幕戦で集客1万人をめざしていて、あと少しだった。雨のせいで来られなくなった方もかなりいらっしゃったと思います」と悔しがった。
RH大阪は今春から大阪市内の15の区と連携協定を結んでいて、それらの区の在住者はコードを入力などすれば、この一戦に無料観戦できる仕組みだった。久内さんによると、この招待券は「当初6000を想定していたが、最終的に8000まで伸びた」という。
この連携協定がミソだった。RH大阪は、協定を結んだ区ごとに社員選手3人ほどを区民アンバサダーとして派遣。彼らは区役所の運営指針などを読んで、担当者と話し合い、自治体ごとに抱える社会課題解決のためにできることがないかを自分たちで探し、取り組んでいくアプローチを取っているのだ。
たとえば、在日コリアンらが多く、ダイバーシティへの感度が高い住吉区では、大阪朝鮮高出身のCTB金勇輝が自身の人生経験を元にした講義とラグビー体験教室を開いた。デジタルに弱い高齢者が多い福祉施設に、会社でスマホ講師の研修を受けた選手たちが出向き、住民サービスの利用法などを教えることもあったという。こうした接点がきっかけとなって、この12月には三つの区報でRH大阪の選手たちが表紙などに取り上げられた。
関西のラグビー界でRH大阪は、神戸と花園の2チームに挟まれて圧倒的に知名度が低かった。井上さんは「スティーラーズさんやライナーズさんのような老舗の強いチームとうちが同じことをやってもだめ。差別化しないといけなかった」と明かす。社員選手がほとんどで、世界や日本を代表するような選手たちがいるわけでもない。「地域に振り切ってやり切る」ことは残された唯一の道とも言えた。
選手数の多さ=人件費増加というクラブ経営上のデメリットを、「選手数が多いからこそアンバサダーとして各地域にエンゲージできる」というプラスに捉えた。引退後のキャリアも考えている社員選手は総じてまじめで、パワポを使った資料作成など職員と向き合える力もあった。久内さんは「選手たちのお陰で、今までより深く地域に入り込むことができている」という。
RH大阪はトップリーグ時代から地域活動を行っていたが、イベントを開いても市民にとっては一過性の出会いで終わっていて、集客につながってこなかった。リーグワン初年度は人気アイドルを会場に呼ぶイベントや御堂筋線をラッピング広告するといった「空中戦」にお金をかけていたが、今回は地域へのチラシのポスティングにウェブ広告を交えたPR戦術を取り、アンバサダー活動と合わせてより「地上戦」にリソースを割いた。
「同じ区内で、同じ選手が何度も活動する。連続性を持ってアプローチできる。今まで『ラグビー選手が来た』『RHの選手が来た』くらいだった感想が、『RHの○○選手が来てくれた』に変わっていった。地域のみなさんと実際につながっている、と肌で感じることができるようになりました」。地道な活動への手応えが、久内さんの笑顔ににじむ。
肝心の釜石戦では、後半37分に逆転トライを許したにもかかわらず、ラストプレーでSOヘガティが「サヨナラPG」を決めて逆転勝利した。初戦の九州電力戦に続く劇的な展開は、8586人の存在と無縁ではなかった。
井上さんは興奮気味に振り返る。「最後のワンプレーでは、客席から自発的に手拍子が起こりました。MCのあおりもなかったのに。大阪の皆さんが、選手たちを後押ししてくれました」
試合後にはうれしいメールも届いた。住吉区の施設から10人で観戦に訪れたファンからで、「ラスト3分の奇跡、この目にしっかり焼き付けました。私はラスト3分で逆転された時、正直あきらめそうになりました。でも利用者さんたちがまだ行ける、あきらめたらあかん、と言っていて本当に感動しました。素晴らしい試合でした。本当にありがとうございました。また選手たちで遊びに来て下さい」などとつづられていた。
RH大阪の背番号の上には、連携協定を結んだ順番で1~15番まで区の名前が入っている。たとえ選手の名前を知らなくても、自分が住んでいる区の選手を応援したくなってくれれば、という仕掛けだ。開幕戦ではチームの公式LINEに登録すると、オリジナルアルミカップとビール一杯をもらえるサービスも行った。無料で飲めるだけでなく、ワールドカップのように持ち帰れるカップを使うことで会場で出るゴミを減らすサステナビリティーに配慮した。長い行列ができるほど好調だった。
トップリーグ最終年にニュージーランド代表SHのTJペレナラの活躍もあって5位と躍進。しかしリーグワン初年度に11位に終わると、NTT内のチーム再編に伴って、3部に落ちる苦難を味わった。井上さんや久内さんはジェットコースターのような日々の中で悔しさを抱えながらも、愛着のあるチームを少しでも良くしようと前向きに立ち上がってきた。
リーグワン1、2、3部を経験している唯一のチームだからこそ、フロントにいい意味での割り切りや反骨心がある。井上さんは「社員中心でもできることはある。いいケースのロールモデルとしてリーグ発展に貢献していきたい」と意気込む。
スポーツビジネスでは「集客はうそをつかない」と言われる。何よりスタッフがいい顔で仕事をしている集団に、人はついてくるのだろう。