ノーサイド。まもなく『乾杯』が流れる。
ラグビーワールドカップ・フランス大会で日本代表が出る試合の会場では、歌手の長渕剛による名曲がBGMに採用される。試合前は『とんぼ』だ。
大会側がチームへリクエストを求めた際、インサイドCTBの中村亮土らが希望を出したためだ。
感想は?
松島幸太朗はそう問われ、白い歯をのぞかせた。
「あんまり、自分で聞くという機会が少なかったので、新鮮な気持ちで聞きました」
3度目のワールドカップを迎えている30歳のランナーは、2学年上の中村に「幸太朗なら、何、流す?」と続けて聞かれる。
無骨な印象の長渕とは異なるイメージのロックバンドの名を挙げ、周りを笑わせた。
「…オレンジレンジ。それを期待します」
9月15日。スタッド・ド・ニースで会見した。2日後にはこの会場で、プールDの2試合目をおこなう。相手はイングランド代表。日本代表が初めて8強入りした前回のワールドカップ日本大会で、準優勝を果たした伝統国だ。
「グループステージを通過するにあたって、負けていい試合はひとつもない。一戦、一戦、目の前の相手に集中するというところを、しっかり、明後日、やっていきたいなと」
まず、こう言葉を選んだ松島は、WTBで先発予定だ。
後衛のバックスリーのうち、タッチライン際をカバーする。防御の際は、相手走者が駆け込むスペースを埋めたり、向こうの蹴り込んでくるキックを処理したりと前後左右に動き回る。
特にいまは「50:22」という、キック絡みのルールがある。自陣から蹴った球がワンバウンドし、敵陣22メートルエリアで外へ出れば、蹴った側のラインアウトでプレーが再開。蹴られる側のバックスリーは、ピンチを未然に防ぐ意味でも相手の「50:22」のキックを警戒しなくてはならない。
特にイングランド代表は、キックを重んじる。高い弾道のハイパントのほか、「50:22」を視野に入れたロングキックも活用する。
だから松島は言う。
「ハイパント、50:22からの(ラインアウトを起点とした)モールを狙うと考えられます。バックスリーとしてはケアしないといけない部分。コミュニケーションを取って、隙が出ないようにやっていきたい」
次戦のポイントを語るなか、会見場でひとりの質問者が驚きをもたらした。
「中村選手、松島選手を応援しているJ SPORTSの沢木です」
スポーツ専門チャンネル「J SPORTS」の解説者として現地入りしていたのは、現・横浜キヤノンイーグルスの沢木敬介監督。以前、中村と松島が在籍する東京サントリーサンゴリアスでも指揮を執ったことがある。聞いたのは、イングランド代表の防御についてだ。
思わぬ知人からの質問へ笑みを浮かべながら、松島は「結構、上がってくる」。鋭い出足で前に出てくる印象がある、と説いた。続けて、昨秋に13-52と大敗した時とは異なるマインドで攻めたいと話した。
「(攻撃ラインを)深く保って、空いているスペースについて10、12、15番(球を動かすポジション群)とコミュニケーションを取る。そうすればスペースにボールを回せる。相手が上がってくることに対してパニックにならず、落ち着いてプレーしたいです」
期待されるのはトライだ。10日のチリ代表戦では、42-12で勝利も松島はインゴールを割らなかった。中村は「前回は僕のパスミスでトライチャンスを逃すことがあった。前回、獲れなかった分、2トライしてもらいたい」とし、松島は「ラストパスをもらうために動く。パスの正確性を信じています」と不敵な笑みを浮かべた。