日本代表の稲垣啓太は、ワールドカップフランス大会の初戦で50キャップ(代表戦出場数)を達成する。
「50 キャップ目がワールドカップの開幕戦というのは、特にタイミング的に巡り合わせがあるのかなとは感じています。ただ、だからといって自分のやるべきことは変わらないですし、自分のやるべきことをしっかりやってチームに貢献していきたいな、という気持ちが非常に強いです」
186センチ、116キロの33歳。最前列の左PRにあって、タックルや突進の質と量、パススキルにも定評がある。
2016年秋に就任したジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチは、こう賛辞を贈る。
「これまで8年間、一緒にやっていますが、誰からも尊敬される選手です。彼の50キャップを祝えるのは嬉しい」
試合は現地時間9月10日13時、初出場のチリ代表とおこなう。会場はスタジアム・ド・トゥールーズ。昨年11月に組んだフランス代表戦も、この舞台でおこなわれている。稲垣はその時も出場していて、現地の芝を知る。
前回は「少し芝生が濡れていたように感じた」。スクラムを組み合う時に、芝生がめくれる印象もあったか。
しかし今回は「晴れていましたし、皆いい感覚を持っていたんじゃないかな」。9日、会場の前日練習でスクラムを組んだうえで言った。
「試合中はどうなるかわからない。そういった部分も含めて、ちゃんと準備したいと思います」
当日まで「わからない」のは、日本代表の出場メンバーも然りだ。
NO8で先発予定の姫野和樹主将は、8日のトレーニングに不参加。9日の前日練習でも、左足にテーピングを巻いてタッチライン付近でジョギングをしたのみだ。
ジョセフHC、トニー・ブラウンアシスタントコーチ、トレーナー陣が相次ぎ状態を確認していたが、姫野にゴーサインが出るかは「当日の朝にならないとわからない」とブラウンは説明する。
緊急事態か。
いや。
稲垣は、自軍の組織力を誇る。
「そこ(姫野の出場可否)を判断するのは僕ら選手ではない。スタッフが決める。それをまず、お伝えしておきたいです」とし、こう強調する。
「リーダーを張れる選手が多くいる。そのひとりひとりが『これをしなきゃ!』とそれぞれ喋ってもまとまらないと思いますが、いまのチームにはその時の状況に合わせて『じゃあ、いま問題が起きているところがアタックなら、誰が話すべきか』といった阿吽の呼吸も備わってきている。
自身3度目のワールドカップに挑んでいる。今度の大会を世界最高峰のエベレストにたとえ、ひとつひとつの試合を山の難所にあたる「デスゾーン」と表現する。
「皆、覚悟を決めてやってきたと思っています。大会までになかなか結果が振るわず(大会前の試合は1勝5敗と負け越し)、メンタル的にも難しい状況の選手もいたと思います。ただそういった部分も含め、チーム全員で乗り越えてきた自信はあります。ここまで来ると、自分がやってきたことを、自分たちがやってきたことをどれだけ信じられるかに尽きる。あとは信じたことをグラウンドで100パーセント できるのか、できないのか。…できるようにやるだけだと思っています」
滅多に表情を変えないことから「笑わない男」と称されることもある、日本ラグビー界有数の有名選手。無形の重圧も静かに受け入れ、激しく戦う。