「この高校に入って、ラグビーをやっているのは、おじいちゃんのお導きかな、と思ったりもします」
河合智はニッコリする。名は「さとみ」。祖父の邦光がつけた。国語教員だった。「智」の字はかしこさや知恵を意味する。その思いは黒目がちのよく光る瞳に宿っている。
さとみの高校は兵庫県立の芦屋。ラグビー部において唯一の女子選手だ。3年生。祖父はここの校長を最後に定年退職した。四半世紀前、1998年のことである。
祖父もまたラグビー選手だった。
「おじいちゃんは広島大でやっていたと聞いています」
高校教員となり、旧制・神戸二中を源泉にする兵庫(高校)ではラグビー部の部長を引き受け、県ラグビー協会でも理事などをつとめた。
その祖父が校長をつとめた高校に孫娘が通う。そして、ラグビーに取り組む。縁である。ただ、最初は何も知らなかった。
祖母に芦屋への入学を伝えた。
「おじいちゃんはそこで校長先生をしていたのよ」
祖父は5年前に世を去った。さとみが小学校卒業の時期である。
芦屋を選んだのも、所属するクラブのSCIX(シックス)が、女子チームのある高校からの入部を認めていなかったこともある。食い合いを防ぐためだった。高校では学外クラブ優先で考えていた。
さとみは163センチと女子としては少し高い身長を利してFLをこなしていた。ただ、シックスへは1年ほどで足が遠のいた。
「体調を崩しました。風邪からアレルギー性のぜんそくになったのです」
高校でのラグビーに専念する。
この競技にさとみが魅せられたのは早い。
「3歳か4歳くらいだったと思います。なんかタックルが楽しそうでした」
3歳上の兄・巧がやっていたこともある。
祖父はサッカーなどの選択肢からラグビーを選んでくれたことに大喜びする。
「何でもほしいものを買ってあげる、って言われて、ヘッキャーって答えました」
ヘッドキャップ。女児の嗜好ではない。スタートは兵庫県ラグビースクール。ここを含め中学卒業まで4チームに籍を置いた。
さとみはこの高3の春から、コンタクト系の練習には参加していない。自分で決めた。
「体格差が出てきています。ケガが多くなれば、受験にも影響すると思いました」
走ったり、ウエイトの時は男子と同じメニューをこなしている。
練習離脱の時には、グラウンドにいてマーカーの移動や水出しを手伝う。
「マネージャーは練習そのものに参加していないので、タイミングがわかりません」
チームのためにできることをする。
監督の渡邊雅哉の評価は高い。
「下級生の世話など隙間を埋めてくれます」
保健・体育教員でもある渡邊はさとみの3年E組の担任でもある。芦屋への赴任は同時期。今年で3年目に入った。
渡邊は45歳。女子選手慣れしている。前任校の星陵ではSOやCTBをこなす弘津悠(はるか)の3年間に携わった。現在はナナイロプリズム福岡に所属。2年前には7人制の東京五輪に出場し、今年7月のスペイン戦(27−19)では15人制で初キャップを手にした。父・英司は神戸製鋼(現・神戸S)でHOとして日本代表キャップ1を得ている。
芦屋において、さとみは2人目の女子選手である。先駆けは10学年上の竹内佳乃(よしの)。進学した立命館では選手をやめ、トレーナーや分析をやった。現在は三重ホンダヒートでアナリスト(分析)をつとめている。チームは来季からリーグワンのディビジョン1(一部)で戦う。
竹内が道を拓き、さとみがいる芦屋は冬の全国大会出場こそないが、県予選決勝進出3回の実績や今年創部75周年となる歴史を持っている。チームは今、再浮上する途についた。渡邊はオフ日にラグビースクール回り、中学生たちに芦屋受験を訴える。
今年のチームは、「県内3番手」と呼んでいい。近畿大会予選(新人戦)は2ブロックの決勝に進出。関西学院に0-45。続く県民大会(春季大会)は4強戦で報徳学園に0-52。続く3位決定戦では、神戸科学技術に7-8と1点差負けだった。
今月から高校最後となる103回目の全国大会予選が始まる。それは、さとみにとってまた、選手生活の最後を意味している。
「大学に行けば、選手として続けることは考えていません」
ラグビーには携わるつもりだが、竹内と同じようにマネージャーなど裏方への転向を考えている。
「私はラグビーが好きです。紳士のスポーツなので、礼儀やマナーを学びます。そして、団結力を感じられます」
芦屋は順調にゆけば、4強戦で報徳学園と対戦する。昨年度の本大会で初の準優勝を成し遂げたチームだ。
「出し切ってくれればいいと思います。ただ、ウチはチーム仲がよすぎて、その分、相手に対して強く言えないところがあります」
さとみは勝たすためにやかまし屋になる。選手である特性を生かし、欠点を矯めてゆく。最後の大会で、自分以外の43人の選手を押し上げられれば、それはまた、ラグビーとこの高校に導いてくれた祖父の供養にもなる。