あの光景を覚えている。
坂手淳史は8月5日、昨年主将を務めた日本代表の試合に挑んだ。東京・秩父宮ラグビー場でフィジー代表に12-35で敗れると、控室でミーティングが始まる。
約1カ月後に迫ったワールドカップ・フランス大会のメンバーが、その場でアナウンスされた。公式発表の10日前に、4年に一度の大舞台へ挑むメンバーが誰なのかが内々で伝わった。
坂手は、4年前の日本大会に続き2大会連続での選出を決めた。
「ラグビーテストマッチ 2023 サマー・ネーションズシリーズ」
「イタリア vs 日本」をはじめ、強豪国が対戦する全16試合を放送・配信!
ミーティングの会場は、重い空気に包まれたという。
かえって、決意が固まった。
「チーム内でのメンバー発表の時間は、この4年間で一番、タフな時間でした。同じ空間に選ばれた選手、選ばれなかった選手もいて…。ただ、皆で『もう一回、戦いにいこう』となれるいい時間になったと思います」
6月中旬からともにキャンプで汗を流しながら、落選した仲間がいる。地元である京都の神川中でラグビーを始めた頃から「目指すところ」だったというワールドカップは、いつしか自分の夢を叶えるためだけの場ではなくなっていたと坂手は言う。
「全てのラグビー選手にとっての特別な舞台で最高のパフォーマンスを出したいと思います。日本ラグビー界を代表して、次の世代、いままでラグビーをしてきた世代、いまやっている世代を含めて、皆に夢を持ってもらえるようなプレーをしたいと思っています」
身長180センチ、体重104キロの30歳は、最前列のHOを務めながら強烈なタックルを持ち味とする。
近年、相手の首から上へのタックルに対する取り締まりが強化される。日本代表も、1勝4敗に終わった7月からの国内5連戦で計2枚のレッドカードをもらっている。危険なタックルがあったからだ。
昨今のトレンドにも、坂手は「選手を守るためにルールがある。ですので、コリジョン(身体衝突)のスキルは大事にしたい」。カードを多くもらうよりも先んじて、チームはタックルの狙い目を「アンダー・ザ・ボール」に定めている。身をかがめてくる走者へも、低く刺さりたい。
何よりも本番では、「自信を高めたい。ラグビーはメンタルスポーツ。チーム全体で力を発揮できるように」と坂手。大舞台で力を発揮するための心構えを、改めて言葉にする。
「自分たちのプラン、プレーを信頼する。それがワールドカップでどういったものをもたらすのかを信じ続ける。それに伴ったスキルや判断も大事ですが、まずは自分たちのやっていることを信じ切れないと、スキルも判断も(正しく運用)できない」
前回大会で8強入り後、バージョンアップを図ってきた。
意味のあるサイズアップのため、見つめ直したのは食生活だ。
ご飯、バナナ、いもと多彩な炭水化物で運動し続けるためのエネルギーを、鶏むね肉、ささみで筋肉のもととなるたんぱく質を摂取。日々の食事を栄養士に提出し、適宜、助言を仰ぐ。
さらにはここ「1年半~2年」の間で、遅延型食物アレルギーの検査をおこなった。極端に体脂肪を増やしたり、けがの遠因となったりしかねない素材を遠ざけるためだ。
本人にとっては、それが「小麦、卵」だった。
そのため、若い頃から好物だった脂っこいラーメンは…。
「もーう、食べてないです。食いたいっすね」
好物の解禁は大会後。日本のラグビー愛好家のためにワールドカップを戦い切るまでは、「自分の身体をファーストに」と誓う。