ラグビーリパブリック

代表戦翌日にイベント開き少年少女に助言。中村亮土が背負う「思い」。

2023.08.10

写真中央(グリーンの靴紐)が中村亮土。8月5日のフィジー戦から(撮影:松本かおり)


 画面の向こうの子どもたちと話す。

 緊張からか。相手の少年が言葉に詰まっているのに気づく。中村亮土は「大丈夫だよ」と、発言を続けやすいよう促す。
 
 ラグビー日本代表でもコミュニケーターとして重んじられる32歳の中村は、8月6日夜、主宰する「リョウトアカデミー」の会員向けライブ配信を実施していた。小学生から高校生までの男女約40名を集め、試合のプレーや普段の心構えについて話した。

 ちょうど前日には、東京・秩父宮ラグビー場でのフィジー代表戦にリザーブ入り。後半22分から出場していた。レッドカードで味方をひとり欠き、かつ0-28とリードされるなかでの登場だった。

 それを踏まえてのことだろう。

 参加者のラグビー少年が、「途中交代で緊張せず試合に入る際のポイントは?」といった趣旨で投げかける。

 本人も記憶に新しい話題とあり、体重を乗せて応じられる。

「リザーブから(試合に)出る時に心がけていることは、前半、試合を見ている時にゲームの流れ、ゲームの動きを観察しながら、もし自分が出場した時にどうしたいかを考えながら、それを他のリザーブの選手と話しながら見たりしています」

「実際に入った時には、自分がやるべきことを100パーセントやることの他、ゲーム全体を考えてプレーするようにしようと、昨日は、特に、していました。外側にボールを運んで速く動かすことで、フィジー代表のディフェンスがストップするんじゃないかという情報を、事前に頭に入れておいた。それを(ベンチに残る)リザーブの選手と共有できたので、(グラウンドに)入ってそれを遂行できたと思います」

 確かにその日の中村は、立ち位置を左右に動かして展開を促していた。合計8名登録されるリザーブの役目を、こう整理する。

「ひとりでゲームを変えることは難しい。ただ、一緒に入るリザーブのメンバーが同じ絵を見てゲームに入ることで、チーム全員で同じ動きができる。(フィールドに立つ15人のうち)半分以上が(自分の考えを)理解しながら動けるようにするのが、大事なポイントかと思います」

 改めて、中村は前日まで日本代表として活動していた。

 6月中旬からの浦安合宿、7月からの宮崎合宿と国内5連戦を終えた直後に、つかの間の休息を割いたわけだ。

「言っても、1時間くらいです。その時間を黙ってテレビの前で過ごすのと、子どもたちに違う視点で伝えて過ごすのとでは全然、(時間の意味合いが)違う。使命感じゃないけど、やりたいなと思ってやっていることです」

 アカデミーでは月に2回、さまざまなゲストを招いて配信イベントを実施する。当日は、オンライン会議ツールのチャットに書き込まれた質問を司会者がピックアップ。適宜、ミュートを解除しながら対話を進める。今回は、代表の中村がスピーカーとなった。

 集まるのはラグビー経験者ばかりとは限らない。関係者いわく、過去には足の不自由な会員がアカデミー内のメンタルトレーニングのコンテンツを見て、「未来に希望が持てた」と喜ぶこともあったという。

 今回の配信でも、陸上競技をしている女子中学生が書き込んだ。

「チームが劣勢の時に意識することは何ですか」

 中村は「リーダーっぽいね」と反応した。その通り、質問者は近く部活の部長か副部長になりそうとのことだった。所属の東京サントリーサンゴリアスや出身の帝京大で主将を務めた中村は、こう答えた。

「まずはポジティブな発言、前向きな発言を心がける。あとは『次、何するか』。次の仕事を明確にする。『なんでミスが起きたの?』ではなく、次のプランを明確にする。…あとは、ミスした人には絶対に声かけてあげる。ひとりにさせない」

 この「リョウトアカデミー」を始めたのは、ワールドカップイヤーに入ってからだ。構想を形にできたのが、ちょうどこのタイミングだったのだ。

 自身は身長178センチ、体重92キロと一線級にあっては平均的なサイズながら、2019年のワールドカップ日本大会などでインサイドセンターとして活躍してこられた。

 心構えや意識ひとつで自分の住む世界を変えられると実感するから、若者に自らの知見を共有したい。

 その内容を動画コンテンツやオンライン上のサービスで伝えることで、地域別の情報格差をなくしたい。

「やっていることは英語でいうと、TOEICの勉強ではなく英会話です。実践している、実際に使えるスキルを細かくわかりやすく伝える。ざっくりではなく、より細かいところまで。またラグビーに特化はしていますが、メンタル面、栄養管理のセミナーと、アスリートとして成長できるプログラムがある。どんなアスリートでも迎え入れることができると思います。…あとは、リョウトアカデミーで学んだ子たちが日本代表になれる日が来るのを願っています」

 12-35と敗れたフィジー代表戦で、自軍最後のトライが決まったのは後半37分だった。

 セミシ・マシレワのフィニッシュを生む連続攻撃のさなか、中村はオフロードパスと最後のタップパスを繰り出している。

 前者では受け手と目を合わせながら放ることで落球のリスクを減らし、後者では味方から「(自身の体幹より)半身内側」で球をもらうことで動作をスムーズにした。

 いずれのコツも、これまでの「リョウトアカデミー」で発信したスキル動画の内容と重なっていた。

 ワールドカップ・フランス大会は今年9月からあり、大会登録メンバー33名は8月15日に発表される。目下、合否のわかるまでの「空白の日々」を過ごしている中村は、配信への参加者にこう約束した。

「まだスコッド(大会登録メンバー)に入れるかどうかはわからないですけど、入れたら皆の思いを背負って頑張ってきます。皆の手本になれるよう、いいプレーをしたいと思います。皆、応援してください!」

 閉会時、会議ツールを退室する子どもたちは口々に言う。

「ワールドカップ、頑張ってください!」

 3児の父でもある中村は「熱中症に気を付けてね」と返事をした。

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