♪花の東京で腕だめしー。
古いテレビアニメ、『いなかっぺ大将』の歌の一節だ。主人公は柔道だが、大迫慶太はラグビーに取り組む。目黒学院の高校1年生はこの春、京都から上京した。
「東京は都会です。新宿や渋谷なんか、建物は高いし、明るい。見ていると目が痛くなります。これまで関西弁だったので、そうだよー、とか言われても、まだ慣れません」
目じりは下がる。フィギュアスケーターの織田信成似。育ちのよさを思わせる。
家族と別れ、東京に来た理由を話す。
「父に言われました。ひとりで家を出て行けば、強くなる、身のためになる、と」
大海へ出れば、見聞も広がる。いや、すでに広がっている。ビルは高い。京都の中心部のように建築制限はない。
父は淳史。HOだった。その助言は経験に基づいている。京都から高大は愛媛の新田、東京の東洋に進んだ。大学では竹内圭介と同期になった。現在の目黒学院のラグビー部監督であり情報科教員である。
竹内は父を評する。
「明るい男でね」
大迫もいつもニコニコしている。
父は和食店、「ほく泉 大さこ」(ほくせん おおさこ)の二代目である。竹内は説明する。
「おじいちゃんをカウンターの真ん中にして、2人の息子が左右を固めています」
店は宝が池球技場の南東にある。
カウンターを固めるもうひとりは父の弟・克行。3つ下でラグビー歴は同じ。こちらはSH。SOだった竹内は思い出を語る。
「克行は寮で私の部屋っ子でした」
部屋長中心のドラマがさぞあっただろう。
そんな父と叔父を持つ大迫は、修学院中に入学してからラグビーを始めた。
「小6の時にワールドカップがありました。みんなが体を張る姿や松島幸太朗さんのトライの時の大歓声に影響を受けました」
身内の影響はないんかーい!?
「父はたまにボールを触る程度でした」
押しつけない。いい父だ。
大迫は中3になって主将を任される。進路を考えていた昨夏、目黒学院が関西遠征にやって来た。練習に参加する。
「雰囲気がよくて、みんな楽しそうでした。上下関係も厳しくない感じでした」
秋には学校、寮、グラウンドなどを見た上で、入学する。すでに4か月が過ぎた。
「竹内先生は、もう慣れたか、とよく声をかけてくれます。僕も含めて部員一人ひとりのことをしっかり見てくれています」
目黒学院は高校ラグビーの名門である。旧校名は「目黒」。花園ラグビー場である冬の全国大会の優勝と準優勝を5回ずつ成す。出場は21回。校名変更は四半世紀前である。
最後の決勝進出は62回大会(1982年度)だった。その後、長い低迷があった。学校側はトンガ人留学生の受け入れなど、援助を絶やさなかった。竹内がコーチから監督に昇格した2017年度以降、5回、都の花園予選の決勝に進出し、4回勝っている。
目黒学院の強みのひとつは専用寮を持っていることだ。全国から部員を勧誘できる。それは梅木恒明が監督の時からあった。梅木は全国決勝進出10回すべてを指揮。高校ラグビー界における伝説のひとりである。
大迫もこの寮で暮らす。選手65人中、寮生は29人。大迫が寝起きするのは二段ベッドが並び、20人ほどが入る大部屋だ。
「今は慣れました。すぐ隣に友達がいるのも話しやすくていい、と思うようになりました」
前向きなのも特徴のひとつである。
「梅木先生の時にもご出身の大分から選手が結構来ていたようです。ただ、大迫のように京都市内から来るのは初めて。来年は山口や岡山からも入寮する予定です」
目黒学院が復活の道を歩むとともに、全国から入部希望者が現れる。この秋、2ブロックに分かれた103回大会の予選に勝てば、4大会連続の花園出場となり、國學院久我山が71回から92回大会で記録した22連覇のあとでは都最長記録の更新になる。
今年のチームは、都大会では決勝で連敗した。1月の新人戦は國學院久我山に17−28、5月の春季大会では早稲田実業に17−24だった。花園連続出場を伸ばすためには、CTBである大迫の奮闘も不可欠だ。
入学してすぐに大迫はBチーム(二軍)に入った。すでに竹内は評価している。
「まだ細いですけど、タックルにいける。ステップもキュンキュン踏めます」
大迫は171センチ、73キロ。課題は上級生の当たりに耐えるためのサイズアップだ。
「できるなら、今年、ベンチ入りをして、来年はレギュラーを獲りたいです。花園ラグビー場の舞台に立つことが目標です」
チームは7月末に恒例の関西遠征を終えた。今月8月には新潟・妙高と長野・菅平で2次の合宿をこなし、秋の本番を迎える。
その流れの中、8月2日、大迫は16歳の誕生日を迎えた。東京での生活は楽しい。
「ラーメンが好きなのですが、東京は色々な味のお店がいっぱいあります」
お気に入りは寮から近い自由が丘の「渡来武」(とらいぶ)。醤油豚骨の横浜家系。うましょっぱくてコクのあるスープが好きだ。
「トンガの子を含めて、寮生活を選ぶ子は覚悟がある。大迫もいずれ、チームの中心になってくれると思っています」
竹内の期待を背に受けて、花の東京で世界を広げ、人にもまれ、技量を高める。大迫の前には明るい未来が広がっている。