そのタックルがなければ、フルタイムの笛が鳴ると同時に拳を突き上げていたのは真っ赤なジャージー、トンガだったかもしれない。
7月29日に花園ラグビー場でおこなわれた日本代表×トンガ代表は、21-16の僅差でホームチームが勝った。
しかし後半38分、FB松島幸太朗のタックルが決まっていなかったら少なくとも同点にはされていた。
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この日青いジャージーを着た日本代表は前半を13-5とリードするも、なかなか差を広げられなかった。
後半27分にSO松田力也のPGで21-16とするも、5点差のまま最終盤を迎えていた。
後半37分頃から自陣に入られていた。
トンガ代表はラインアウトから攻め、アタックを重ねていた。が、途中でノックオン。
日本代表は、そのボールを手にすると果敢に攻めた。すぐに右にパスをつないで攻撃に転じた。
SH流大からSO松田力也、FB松島幸太朗と渡り、WTBセミシ・マシレワへ。
マシレワは右サイドを駆け上がり、内側をサポートするCTBディラン・ライリーへパスを放った。
その瞬間、沸き上がっていた声援が悲鳴に変わる。
トンガのCTB、アフシパ・タウモエペアウがそのパスをインターセプトし、トライラインへ向かって走り出したからだ。
タウモエペアウはぐんぐん加速し、左サイドを駆けた。そのまま走り切りそうだった。
しかし22メートルラインを越えたとき、日本代表の23番、松島がタックル。間一髪で倒した。
トンガはなおも攻撃を続けたが、最後は反則でボールを失い、日本が勝利を得た。
危機を救うタックルを見せた松島、最後にジャッカルし、ボールを奪い返したHO堀江翔太の存在がクローズアップされた。
値千金の一撃を見舞った松島がスリリングな一連のプレーを振り返る。
マシレワにパスした直後、LOタンギノア・ハライフォヌアから受けたタックルがみぞおちに入り、「息ができていなかった」という。
地面に倒れたものの、攻め上がる仲間への信頼と、ファンの盛り上がりでトライになると確信していた。
しかし歓声が悲鳴に変わったから慌てて立ち上がった。
「ファンの皆さんの『あ〜』というため息が聞こえたので前を見たら、相手が走ってきていました」
その瞬間、自分が(タックルに)いくしかないと直感した松島は、これしかない、というコースを走り、疾走する相手に迫った。
「自分ひとりしかいなかったので、周りを見る余裕はありませんでした」
タックルの射程距離に入り、躊躇なく飛び込む。
「相手の足首をしっかりとらえた」一撃で前進を止めた。
熱戦の80分を終えた後、松島は「(勝利はチームの)自信になると思います。負けるのと勝つのでは精神的に違う。勝つことで自信がつけばミスも少なくなるでしょう」と話した。
試合後のロッカールームも、いい雰囲気だったという。
決して手放しで喜べる内容の試合ではなかったものの、日本代表は、真っ向勝負を挑んでくる相手に対し一歩も引かなかった。
選手たちは、試合開始直後からハードなタックルを繰り返した。
「楽な試合などない、と思っていました」と松島が話す。
「選手資格の変更などもあり、トンガにはクオリティーの高い選手たちがいます。(全員が)最初から激しくくるだろう、と予想していたので、みんないいタックルをしていました」と、ディフェンス面についての手応えを口にした。
松島自身は、ワールドカップへ向けての国内5試合が始まってからここまでの4戦、様々なケースを想定しての起用に対応してきた。
FBでの先発が2試合続いた後、WTBでの先発、そしてベンチスタート。求められる役割は毎回違う。
しかし、「自分に与えられた仕事をやるだけ」と頼もしい。
この日も試合途中からピッチに立つインパクトプレーヤー同士で、どういうプレー選択をすべきか話し合いながらゲームを進めた。
SH流、HO堀江らとともに経験豊富な選手たちがピッチに立ったことで、勝負を分ける時間帯を制することができた。
チームから求められる期待に応えながら、「やはりスタートからプレーしたいので、インパクトプレーヤーとして出る時もしっかり仕事をして、(自身の存在を)アピールするようにしています」と自己主張も忘れない。
「チームがどうやったら勝てるか実践していきたい」の言葉に重みがある。
クレルモン・オーヴェルニュで2季プレーし、フランスには応援してくれる人も多い。
30歳で迎える3度目のW杯には、活躍できる要素がたくさんある。