「着た感じは軽くなったけれど、ファンの皆さんの思いが詰まったジャージー。そういう意味では重みを感じます」
6月23日、新ジャージー発表会での松田力也の言葉にはひざを打った。7月15日、日本代表は初めてこの衣に袖を通す(リポビタンDチャレンジカップ 18:05開始/日本vs All Blacks XV/熊本・えがお健康スタジアム)。
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新しい日本代表ジャージーは、昨年7月に全国のラグビーファンから寄せられたジャージーやウエアを引き取り、それをリサイクルした素材で作られている。衣服の大量廃棄が深刻に捉えられる今、作り手として「リサイクル素材」は外せない要件だったそうだ。ラグビーファンから、思い出や汗や、もしかしたら涙も染み込んでいるかもしれないジャージーを1266着も預かって、それが生まれ変わってできた代表ジャージーだなんて、着る方としては、ぐっとくるものがあるだろう。
ジャージーが好きだ。収集数は編集長(田村一博氏)ほどではなかったが、二十代の頃は珍しいジャージーを見かけると迷わず買い、結構な数を備蓄していた。ある頃から、人にもらってもらうことが増えて、今は数着しかなくなった。ジャージーは集めるものじゃなくて回すものになった。人に渡していると不思議に誰かから素敵な一品をいただけたりすることもあって、ゼロにはならない。受け取るまでのストーリーがあるので ク◯ジャージーは一枚もない。
代表系ならファーストジャージーよりも、その練習着や、ローカルクラブのジャージーに惹かれる(フィジーはナンディ航空隊の一枚が最高だった)。が、日本代表のジャージーには以前から興味があった。
いつからか振り返ると、すごく失望した経験があったからだ。
2003年のオーストラリア大会、日本代表のフープ柄が、突然単色系に変わってしまった。目を疑った。はなやかだった赤はくすみ、白いラインが胸と腹に太く二本。えりは黒。パンツもソックスまで黒になってしまった。力強さを表すための差し色だと聞いたが、まったく納得いかなかった。
日本代表といえば赤白フープに白のパンツ&ソックスだろう。1930年のカナダ遠征からずっとだ。
ソックスになぜか入っていた二本線が、少年ぽくてよかった。よわっちく見えるという人がいる。その通りだ。普通の選手が着ると大人でもラグビースクールの子みたいになる。それを、平尾誠二や朽木英次、樽のような背中の薫田真広や、足首タックルの梶原宏之&中島修二やシナリ・ラトゥが着ると、すごく映えた(1989年スコットランド撃破を秩父宮で観た)。ある種の狂気や卓抜したクレバーさが、爽やか過ぎるジャージーで際立った。あのデザインは、個性のないチームには似合わない。
日本代表ジャージーから白を抜いて黒を加えたのが、スコットランド戦を監督として率いていた宿沢広朗さん(故人・元強化委員長)だったのは私にとって皮肉だった。着る人を選ばず強そうに見える。普通のジャージーになった。
失われた色が日本に戻ってきたのが、エディー・ジョーンズが率いた2015年のイングランド大会だ。干支が一周する間、味気なく映っていたジャージーが一気に変わった。元に戻った。ソックスも二本線こそなかったが、スリットのようなラインが入っただけの「ほぼ真っ白」のくつ下だ。白いパンツは、いい試合になるとめっちゃ汚れる。よく働く選手ほど汚れる。赤く染まることもある。帰ってきた段柄は、ブライトンのゴールラインを何度も越えた。南アを破った時、完全に赤白フープはラグビー日本のシンボルに戻った。
チームが個性的だと、ジャージーは魅力を増す。
さて、2023年大会開幕までは2か月を切った。
今回のジャージーは2019年の強烈な記憶(自国開催にして初8強)をバックに、現場からは「デザインを変えないで」との希望が出たという。コンセプトは「兜」を継承し、吉祥文様もそのままになった。安心した。白パン、白ソックスも基本一緒だ。
「あんまりイメージ変わんないね」の大方の感想は、選手たちとファンのニーズを捉えている。見た目の変更がいくつか。角度の入ったシンボリックな段柄は、前面では前回が4段、今回は5段になった。えりは消えて(えりのような形の絵柄がある)、ジャパン史上初めてのクルーネック(丸首)になった。
デザインとは見た目だけでなく機能の結晶である。丸首は、「機能性を求めた結果」(開発総責任者の石塚正行氏)だという。多くのデザインの中から、どのポジションの選手にとってもフィット感が良いものが選択された。軽量化や強度を支えてもいるだろう。
今回のジャージーの看板となっているSDG’S。工業技術的に言うと、リサイクル素材には2種類あるそうだ。流通するものの多くは「マテリアルリサイクル」。ペットボトルなどを熱で溶かして再加工したもの。
このプロダクトがラグビーギアとして珍しいのは、原料(預かったファンのジャージー)に化学的処理を加えて新しい糸を作り出していること。「ケミカルリサイクル」という。なんという手間。作られたジャージーには当然、数に限りがあるため、代表の試合でこの素材が使われる期間は限られている。言い換えれば、すべて使い切る。ちなみにケミカルリサイクルされた素材が使用されているのは、ジャージーの前身頃の部分(段柄のあたり)だ。サイドや肩などは、通常のリサイクルを含む別の糸で編まれている。
素人考えながら、リサイクル素材でこの機能アップってすごくないか(いずれも2019年モデル比較)。いやケミカルだからこそなせる業なのか。
2023年ジャージー 機能アップの概要
・耐久性 FW用= 3.0倍、BK用=2.6倍
・軽量性 FW用= 19%向上、BK用=4%向上
・通気性 FW用=162%向上、BK用=40%向上
・速乾性 FW用= 19%向上、BK用= 70%向上
・ベタつき軽減 FW用=15%&50%向上、BK用=23%&51%向上※
※汗によるベタつきの軽減。パーセンテージは「タテ糸&ヨコ糸」の数値
※資料はいずれも 日本代表ジャージーの『FACT BOOK』=GOLDWIN.INCによるもの
実際にジャージーを着た選手たちを囲み取材で至近距離で見た印象では、ジャージーとしては生地が薄過ぎるようにも感じた。ここは、着ている人の競技レベルや時代などにもよるので、あくまで個人的な意見です。ともかく。機能的には「変わっていない」どころか飛躍的に向上している。「耐久性向上」vs「軽量化」など、さまざまな矛盾に挑戦し、克服してきたメーカーや、各部門を担った全国の製造、加工会社の皆さんの努力にはため息が出る。みんな、コロナ下で、それぞれの分野でこの4年を格闘してきたのだと思い起こされる。
さて、いったん認めたが、少年系ジャージー支持者としては、「あんまり変わっていないね」の感想にはうなずけない。ジャパンのジャージーが持つ少年らしさが、またぐっと上がったではないか。
端的に言うと、全体に白い部分が多い。段柄部分を際立たせるためか、新鮮さ(変わった感)を加えるためか。肩口の三角筋にあたる部分は、以前は赤、今回は袖全体がほぼ白だ。段柄の一番上の段(赤)も今回は斜めにカット。僧帽筋を覆う部分まで白。背中側から見ると肩は真っ白。
白いパンツもソックスも、スポンサーロゴ以外は潔いまでの純白だ。全体の「白さ」感を高めているのは、そのパンツの面積にもよる。プレー中のずり上がりを防ぐため、元に戻りやすい形状を作った結果、FW用パンツ、BK用パンツとも丈が長くなった。
というわけで新ジャージーは機能を格段に高め、デザインは磨かれた。きょうからの試合で、より少年ぽくなったジャージーを着た選手たちがかっこよく見えたら、それは今回のチームの個性が尖っている証だ。どこの真似でもないジャパンが一見爽やかに、狂ったように激しく、賢く戦う姿が見たい。ちなみに私は、日本代表のジャージーを買ったことが一度もない。これからも、ただ見ていたい。
以下、余談です。
出場各国のワールドカップジャージーがほぼ出揃った。唯一他国で気になるスコットランドは相変わらず、この4年に一度のデザインが秀逸だ。NFLなどフットボール系ユニフォームはジャパンと同じく単色系に回帰しているが(MLBは逆に「見せソックス」&「ライン入り」傾向)、スコットランドはジャージーが紺、パンツも紺で、ソックスが白ベースで折り返しに紺と差し色のブルー。少年系だ。現地の感想が聞いてみたい。
オールブラックスのデザインが波紋を呼んでいる。地紋が突飛すぎて他の競技みたいとの声も聞かれる。でも、勝ったらみんな争って袖を通すだろう。ファンが着たいのはシャツではなくストーリーだ。チームに物語があると、ジャージーは魅力を増す。