武藤航生(こうしょう)は今、ラグビー・セレクションの真っただ中にいる。
U20日本代表の6回目の候補合宿は5月23日から始まった。武藤は端正な顔を引き締める。
「目標は入ること。世界と戦うことです」
チームは6月下旬、南アフリカで開幕するチャンピオンシップに参加する。U20の世界一を決める大会である。
武藤の大学は関西学院。2年生FBである。サイズは174センチ、82キロ。スピードとステップの切れを併せ持つ。
チャンピオンシップの前哨戦にあたる「パシフィック・チャレンジ2023」には28人のメンバーに入った。チーム名は「ジュニア・ジャパン」。大会はゴールデンウィークをまたいであり、サモアの首都・アピアでフィジー、トンガ、サモアの世代代表と戦った。
武藤は1戦目のフィジー、3戦目のサモアに左WTBとして先発した。試合日は5月3日と13日。スコアは15−72と33−44だった。日本以外の3チームはU23のメンバー編成だったこともあり、トンガに勝っただけの2勝1敗だった。
「フィジー戦は初ジャージー、初試合で緊張しました。サモア戦は緊張しませんでした。相手をしっかり見ることができました」
サモア戦では前半8分、チーム先制のトライを挙げた。敗戦でも経験値を上げる。
昨秋、武藤は関西リーグ開幕戦から朱紺ジャージーをまとう。1年生ながら7試合中4試合に出場する。すべて先発。欠場は軽いケガだった。関西学院は3勝4敗、勝ち点15で4位。武藤の出場試合は2勝2敗だった。
開幕2戦目、27−7とした近大戦は2トライを挙げ、初のプレーヤー・オブ・ザ・マッチに輝いた。そのスピードとステップの切れをまざまざと見せつけたのは、最終の摂南戦だった。前半13分、ゴール前で一瞬にして3人をかわし、インゴールに飛び込んだ。
試合は25−31で敗れたものの監督の小樋山樹(しげる)はそのシーンを覚えている。
「カットインを2つ。最後は追いかけて来たカストンを振り切りました」
マイケルズ・カストンは摂南のスピードスター。166センチと小柄ながらU18の7人制南アフリカ代表の肩書を持っている。
武藤はゴールポストを見て、左足を軸に2回、ステップを踏む形になった。
「ボールを蹴るのは左。でも、ステップは両足ともに切れます」
ジュニア・ジャパンでの左WTBで起用もその特性を見て決められている。
武藤のラグビーに長けた血は父譲りだ。その父・暢生(のぶお)は日体大のFLとして、秩父宮で早慶明と戦う。大学卒業後、国内トップの進学校である灘に保健・体育教員として着任した。同時にラグビー部の監督もつとめる。中田都来は教え子だ。筑波でFLの正選手となり、今春、医師になった。
その名を「こうしょう」と読ますのは、父の願いが込められている。
「こうせい、の読み方は普通なので」
埋没することなく、オンリーワンとしての人生を歩んでもらいたい。ともに「生」の字が入るのは帰属意識を含ませている。
「ラグビーは父のすすめで始めました」
武藤は小3から兵庫県ラグビースクールに入った。これも父のすすめで、中1の2月から中2の8月まで約半年間、ニュージーランドに留学する。クライストチャーチ・ボーイズ・ハイスクールに通った。
地元で「ボーイズハイ」と呼ばれるこの人気の公立校はラグビーの名門校でもある。世界最高のSOと呼ばれたダン・カーターをはじめ、2016年までに同国代表オールブラックスを46人輩出している。
「ホスト・ファミリーを含めて、周りに支えてもらいました。環境もよかったです。U14のAチームに入ることができました」
緑の芝生と極彩色の花があふれる「ガーデン・シティー」でラグビーを満喫する。中学で海外慣れもした。高校は関西学院を選ぶ。監督の安藤昌宏と武藤の父はともに御影(みかげ)のラグビー部OB。安藤の方が先輩という関係性もあった。
2年時にはFBとして全国大会に出場する。100回大会(2020年度)は2回戦敗退。流経大柏に7−26だった。3年時は兵庫県決勝で報徳学園に0−52で敗れたものの高校日本代表候補に選ばれる。
高校生活は充実する。オープンキャンパスのポスターのモデルとなる。ラグビー部では主将であり、文武両道が評価された。それは入学した人間福祉学部でも変わらない。
「単位はフルで48取りました。理解ある教授の方々がいて、助かっています」
候補合宿でも時間をみつけて、大学から渡された課題に取り組んでいる。
大学ではウエイトトレを変えた。
「瞬発系に力を入れるようになりました」
ハイクリーンやスナッチでバーベルを一気に上げる。それは初速アップにつながる。
食生活も気をつけるようになった。
「たんぱく質を取るように心がけています。サラダチキンとか。母が手伝ってくれます」
自宅生の武藤の前には毎日、考えられたおかずが並ぶ。母の愛も背に受ける。
「ジュニア・ジャパンには選んでもらいましたが、またここからです。リスタートです」
この合宿の翌27日にはトライアル・ゲームとしてニュージーランド大学クラブ代表(NZU)との試合が予定されている。その後、さらに9日間の合宿をくぐり抜け、U20日本代表が決まる。
試練を歓喜に変えてゆきたい。