高校ラグビーにおける大阪の古豪に布施工科がある。冬の全国大会に3回出場した。
そのエンジ×グレーの太い段柄ジャージーに復活の兆しがある。素材が集まり始めているからだ。
2年生の許文龍(きょう・うぇんろん)は197センチ、122キロ。その体は周囲を圧する。黒縁眼鏡の中の下がった目じりとは大違い。LOとしてラグビーを学んでいる。
この春、入学したのは吉山ラブエル琉優星(りゅうせい)である。サイズは187センチ、86キロ。体内に天性のバネを宿す。
「立ち幅跳びは2メートル70です」
この大きさで15歳の平均を60センチほど上回る。教えてくれたのは西村康平。保健・体育の教員はまたラグビー部の監督でもある。今年8月で37歳になる。
この2人が成長すればFWとBKに核ができる。愛称がミドルネームの「ラブエル」である吉山はFBに入る。褐色の中の黒い目は戦いの時には光を増す。
「許はビッグマンに申請を出しました。ラブエルも応募するつもりです」
西村の言うビッグマンとは「Bigman & Fastman Camp」。体格や身体能力に優れた高校生を拾い上げ、次につなげる事業である。主催は日本ラグビー協会。2018年度に始まり、今年で6回目になる。
近大2年の能勢涼太郎もこのビッグマンに呼ばれた。中央では無名の川西北陵に在籍していたが、その197センチの長身が目に留まる。今春、日本代表の下に位置するジュニア・ジャパンにLOとして選ばれた。
その能勢とすでに同じ背丈を持つ許が、競技を始めたのは3か月ほど前、2月のことだった。
「僕は留年して、1年を2回やりました。今のままやっていたら、ダメだと思いました。自分の中の甘い考えをなくすためにラグビーをやることに決めました」
その心意気たるや、よし、である。
今はまだドタドタ走る。それでも教えられた通り、さぼらずポイントからポイントへ移動する。モールに入ればまるで岩だ。
「スクラムでNO8に入っても低く組めます」
西村は足首やヒザの柔らかさを伝える。
西村は最初、バイクをこがせた。
「5キロほど痩せました」
徐々にラグビーをする体になってきている。東大阪市内にある布施工科へは自転車で通う。
「片道、20分くらいです」
その日々の往復すら練習になる。
許の祖母は日本人。両親は中国のハルビンから来た。許は日本で生まれ育つ。
「両親は175センチくらいですが、おじいさんは185センチほどありました」
隔世遺伝の存在を証明する。
許の1学年下になるラブエルの父はフィジー出身、母は日本人である。フィジーは7人制ラグビーで世界一の呼び声が高い。
「彼のおとうさんはリーグラグビーをしていたようで、学校に来た時に、タッチフットに参加してもらったんですが、うまいです」
西村の出身大学は筑波。SOだった。その目から見ても上手。ラブエルはその血を引く。
ラブエルもこの国で生まれ育った。小2から大阪の「みなとラグビークラブ」で競技を始める。中学では陸上に転じる。短距離をやったあと、走り幅跳びに移った。
「ラグビースクールのコーチから、布施工科にいい先生がいる、と聞きました」
楕円球界に戻って来た理由を述べる。
その西村は古豪復活のために知恵をしぼる。昨年は府内の中学を4校ずつ4回招待して、試合をさせた。グラウンドは土だが、ポールは常設され、ほぼフルサイズである。
「16校から12人が入部してきてくれました」
推薦制度がない中で、4月には新入生の選手は21人。総数は45人となる。
この春季大会(府総体)では、リーグ戦で常翔学園に0−109、東海大仰星に0−119と大敗はしたものの全国トップとの距離を肌で感じる。5月21日には、八尾など6校からなる合同チームを44−7で降し、秋の全国大会予選でのシード校入りを決めた。
この合同チーム戦、許はリザーブも出場機会はなかった。ラブエルら1年生は安全面からこの大会は出場が認められていない。
ラブエルは選択の正しさを実感している。
「西村先生は細かい所まで見て、助言をしてくれます。そして、怒りません」
部にとって1年生は金の卵。西村はほめることを入れながら、上手に導いてゆく。
布施工科の創部は1947年(昭和22)。「フセコー」の愛称で知られる。全国大会は布施工時代の65回(1985年度)を皮切りに、67、69回と3回出場。65回大会は2回戦で優勝する大東大一に6−16で敗れる。全国屈指の力を持っていた時期もあった。西村の赴任は2015年。この4月から9年目に入った。
布施工科の学校創立は創部の8年前。前身は航空工業学校だった。現在は全日制のみで電気、機械、建設設備と専門系3つを持つ。西村は2年生の学年主任もつとめる。
「学年の生徒数は136。クラス数は6です」
教室でも西村と近い許は電気系に進み、ラブエルは機械系を志望している。
許には目標がある。
「みんなからボールをもらって、当たって、飛ばして、抜けていく、そんなチームの役に立つ選手になりたいです」
ラブエルは経験者だけにさらに明確だ。
「松島幸太朗さんのように、プロの選手になりたいです」
日本代表キャップ46を持つ東京SGのエースはラブエルと同じミックスルーツである。
見据えるところは違えども、共通しているものはある。それはこの布施工科で才能を生かして戦い、チームに勝利をもたらす、ということだ。それは、同時に2人の人生が末広がりになることも意味している。