トンガ出身で日本国籍を持つヘル ウヴェは、自分だけの世界にいた。
5月18日。季節はずれの暑さに見舞われた船橋市内のグラウンドで、所属するクボタスピアーズ船橋・東京ベイのチーム練習を終える。いったん、併設のクラブハウス脇で水を飲む。再び、芝に戻る。
ひとりでインフィールド内をぐるりと歩き回り、時折、立ち止まり、身体を揺さぶる。コンタクトをする素振りか。
タッチライン際で片方のゴールラインと正対するように立ち、左右を見回し、ほんの少し、飛び上がる格好をする。立ち位置を変えて、また同じように動く。空中戦のラインアウトについての動きを、ひとりで確認しているように映った。
複数の関係者によると、ヘルは、全体トレーニング後のこのルーティーンを欠かさないようだ。OBで広報の岩爪航さんはある時、この動きの最中だったヘルに声をかけてしまい、気まずい思いをしたことがある。
そのため、練習後のヘルを取材したいメディアが訪れた際はこう口添えする。
「話を聞くのは、その、後のほうがいいですよ」
やがてタッチラインをまたぎ、改めてコーチとラインアウトの動きについて確認する。
2日後には東京・国立競技場で、チームにとって初めてのリーグワンのプレーオフ決勝がある。当日はリザーブのLOとして推進力とエナジーを期待されるヘルは、準備に余念がない。
身長193センチ、体重113キロ。2019年にはワールドカップ日本大会へ出るなど日本代表としてもキャリアを積んできた32歳は、待ち構えていた記者に動きの意図を明かした。
「(本番では)絶対にプレッシャーがある。ただ、自分の役割を頭、身体に入っていたら、プレッシャーがあっても関係ない! いろいろ、頭に入れたら(プレーするのが)もっと簡単になる」
必要な仕事を終えてすっきりしたのだろうか。それまで神妙だった顔つきをほぐし、何度も「ハハハ!」と大声を上げる。
「試合の時は『自分の役割は問題ない! (注意するのは周りとの)コネクションだけ』ってね!」
タスク整理のための習慣は他にもある。
ノートをつけることだ。向こう数日間で学ぶべき事項、日々の心境の変化などを書き出し、練習効率を上げたり、休息を充実させたりする。
長く昼寝してしまいがちなオフに岩盤浴、サウナで身体を整えるようにしたのは、自らそうするとペンでしたためて誓ったからだ。おかげで体調がよくなった。
取り組みを変えるきっかけは、移籍にあった。
拓大を経て2014年に入ったヤマハ発動機ジュピロ(現・静岡ブルーレヴズ)を、2021年に退団。スピアーズへ移るにあたり、新たなチャレンジがしたかった。
昨季はけがや体調不良が長引いたこともあり、ノートを通して自省する時間は「たくさんあった!」。痛めていた首の手術を経たこともあり、シーズン中盤は好調を維持。持ち前の突進、高低のタックルが冴えた。
8対8で組み合うスクラムでも、好プッシュを重ねる。古巣のヤマハがスクラムにこだわるチームだったとあり、周りの若手FWにはこう発破をかけているようだ。
<スクラムをチョコレートだと思って、好きになるんだ!>
心身の充実をパフォーマンスにつなげる。
「昔は(チームで)練習したらすぐに帰っていたけど、いまはひとつひとつ(個別に準備をする)。この年で初めて勉強したから、もっともっと元気になったかな!」
関係者の話を総合すると、今秋のワールドカップフランス大会に向けた日本代表へも候補のひとりとしてカウントされている。
大舞台への連続出場への意欲を問われ、本人は「心は行きたいけど、もう、年上(年齢が高くなった)かな?」と慎重な構えだ。
もっとも、「いまが一番、コンディションがいい」とも述べる。
まずは、スピアーズにとって初の栄冠を手にしたい。
「ファイナルに行けるのは、嬉しい。ワールドカップに出られたのと同じ気持ち。エナジー、めちゃめちゃあります!」