観る者の感情を揺さぶる80分、いや85分だった。
昨季準優勝の東京サントリーサンゴリアスは、終盤の得点機に3つのトライを幻にした。
TMOという映像チェックによる。最初のふたつは攻撃中の直前の軽微な反則を取られ、試合終了間際のひとつはインゴールでボールが置かれたのが確認できなかった。
24-18。対するクボタスピアーズ船橋・東京ベイが辛勝した。
5月14日。東京・秩父宮ラグビー場でおこなわれたのは、国内トップを争うリーグワンのプレーオフ準決勝だった。
これまで3季連続4強以上のスピアーズが初のファイナリストとなったこの一戦は、後半ロスタイムの攻防が長引き規定より約5分も延びた。それとは別にビデオチェックの時間があった。
敗れたサンゴリアスの田中澄憲監督は、この長期戦の直後に会見。生来のバランス感覚と勝負への鋭い視線をないまぜにして言った。
「こういう一発勝負のゲームになると、レフリーにもプレッシャーがかかりますよね。より正確な判定もしないといけないレフリー側の立場もあります。TMOが多いという意見はあるとは思うのですが、そういう制度がある以上、チーム側がそれをどうこう言うのは…」
会見場が閉まると、報道陣はスタンド下のミックスゾーンに移る。現れたひとりは齋藤直人。サンゴリアスの共同主将で、SHで先発した。
こちらは判定に触れず、勝負を語った。
「なんですかね…。フィジカルで負けていたとは思えませんし。はい」
手応えは確かだった。
この日最初の映像判定があった前半5分。判定が出るまでの間に齋藤は円陣を組み、「最悪のシナリオになった体(てい)」で指針を共有した。
「アタックのシステム、ディフェンスで立っている人数を増やすこと。それくらい、ですね」
危険なタックルを放ったLOのツイ ヘンドリックの退場が正式に決まるまでに、覚悟を固めていたのだ。
さかのぼってレギュラーシーズンの第3節。62分間を14人で戦い、後に4強入りの横浜キヤノンイーグルスを32-23で下している。齋藤自身がプロ生活初のゲーム主将を務めた昨季の第4節でも、序盤に退場者を出しながら白星をつかんでいる。
逆境に強いと自覚できる。
「あまり焦らなかったというか、レッドカードが出た時なりのマインドでやれたかなと」
プレー再開直後の自陣ゴール前左でのピンチでは、スピアーズの巨漢選手によるモールを止めた。身長165センチの齋藤も身を挺し、失点を防いだ。
その後の防御では、起き上がりの速さとつながりを意識した。
自陣で拾ったボールは、守りの手薄なスペースへキック。向こうの蹴り返しが浅ければ持ち前の連続攻撃に移り、簡潔に接点を刻んだ。16分に先制した。3-0。
SOでペナルティゴールを決めたアーロン・クルーデンの述懐。
「スピアーズを分析し、バックフィールドのカバー網をどう断つか(事前に)準備してきました。テリトリーをコントロールすることでプレッシャーをかけられると考えました。14人になっても、うまく修正し、適応できたと思います」
対するスピアーズは人数的に優勢になりえたものの、パス回し、攻防の起点たるラインアウトでミスを連発した。新人WTBの木田晴斗はこうだ。
「プランのミスもありました。自分たちもうまいことキックを使えればもっと簡単に試合を進められたかも…とは思います。(相手の人数が少ないから)攻められるだろう、という慢心もあったかと思います」
CTBの立川理道主将は、まずラインアウトについては「もう少しプランを変えてやれることもあったのかな」と述懐。前半15分からの10分間、自軍にも一時退場者を出していたことで、攻防の陣形を整えるのに「難しい部分」もあったと話す。
「あとは、(大舞台に)少し緊張している部分もあって。サントリーさんのプレッシャーもあり、なかなか自分たちのラグビーができなかった」
そのスピアーズが7-3と勝ち越していた30分、サンゴリアスの松島幸太朗が機転を利かせた。
自陣中盤右でペナルティキックを得ると、そのまま速攻を仕掛けながら左前方のスペースへ球を蹴ったのだ。
その弾道に追いついたWTBのテビタ・リーが、チーム最初のトライを奪った。
一緒に走っていた齋藤も喜んだ。直後のコンバージョン成功で10-7。そういえば例のイーグルス戦でも似たプレーで相手の隙を突き、得点していたものだ。
カウンターアタックからフェーズを重ねたのは、10-10と同点で迎えた後半14分だ。
FWの3人ひと組のユニットによるパスワーク、CTBの中野将伍の走り込みを交え、着実にボールキープ。ハーフ線付近からじわりと敵陣22メートル線付近左へ進み、14フェーズ目にしてペナルティキックを奪った。
ボール保持者を支えた2人の援護役が、スピアーズのタックラーを下敷きにした。13-10とリードを奪った。
この頃、齋藤の位置には流大がいた。緩急をつけてさばき、スピアーズの防御圧力を食らう回数を最小化しにかかった。本人は謙遜する。
「インパクトプレーヤー(交代出場の選手)がいい仕事をして、ボールキャリア(突進役)が少しずつ前に出られていた。皆が、いい仕事をしてくれた」
交代で入ったひとりはサム・ケレビ。けがから復帰し今季初出場のCTBだ。
13-17と勝ち越されていた17分からの登場は、当初の想定よりも早かった。
規定上、日本代表資格のない外国人選手は一度に出られる人数が決まっている。すでに出ている選手との兼ね合いから、好調のリーを下げて投じたと田中監督は言う。
「サムを入れるタイミングは難しかった。(トム・)サンダースのところの(がいるFW陣を交えた)交代も考えた。ただ、(ツイの退場で)FWひとりいなくなっていたので、そこで外国人を(交代)というのは難しかった。守っても仕方ないので、早めに投入というところは、意識してやったと思いますけど」
本人は起用に応えた。
投じられた直後に好タックルを放つ。攻守逆転につなげる。
25分頃には敵陣中盤右端で強烈な突進を繰り出し、幻になった「トライシーン」のうちひとつめを「演出」する。
続く30分には、自らの突進でペナルティキックを奪う。
いずれの場面もスコアボードは変えられなかったが、期待感は醸した。
スピアーズの立川が「(サンゴリアスには)速いテンポでボールが動き出すと(前進できる)いいランナーがいる。後半サム・ケレビ選手が出てきてゲインラインを取られた。後半しんどくなった理由はそこ」と認めるなか、ケレビを活かしたクルーデンはこう感じた。
「チームに勢いを出すことに貢献するところが見て取れた。ラン、オフロードパスと、違ったものを持ち込んでくれた。また、彼がけがでの長期離脱から復帰したことは、周りの選手へのエネルギー注入にもなったと思います」
37分、相手SOのバーナード・フォーリーに少機を活かされ失点。
13-24。
ここからケレビは、サンゴリアスは、かえって息を吹き返す。
自軍キックオフを短く蹴って確保しにかかると、スピアーズの反則に乗じて加速する。連続攻撃だ。
ケレビのオフロードパスで前進したのは5フェーズ目。その次の局面で、ケレビ自らが人垣へクラッシュした。
39分。敵陣ゴール前。左端の防御の死角へパスが飛ぶ。
トライが決まる。18-24。
ここでフィニッシュしたクルーデンは、試合後、惜敗に悔しがっていた。栄養補給のため食べていたカレーの皿を手に、こう述懐する。
「残念。固い意志を見せ続けられた試合ではあると思います。14人で最後の笛が鳴るまで勝つことをあきらめなかったのですが、あいにくの結果となりました」
粘りに粘ったサンゴリアスだが、いくつかの得点機をふいにしていた。
後半11分に入って自陣ゴール前での好タックル、味方の突進を促すパスで魅してきたHOの中村駿太は、22分頃、敵陣ゴール前左でのラインアウトからノットストレートの反則を取られている。
ラインアウトのムーブ自体は100点満点の出来だっただけに、苦笑を禁じ得なかった。
「残念、ですね。もうこれは、結果論なので」
悔やまれるシーンが多かったのは、勝者のスピアーズも然りだ。それでもファイナリストになれた背景には、レギュラーシーズンの積み重ねがあった。
指揮官のフラン・ルディケは以前、リコーブラックラムズ東京を40-38で制した第6節を分岐点に挙げている。その日は中盤以降にリズムを乱し、ラストワンプレーでペナルティゴールを決められれば逆転負けするところだった。
サンゴリアスが数的不利に動じないだけの経験をしてきたように、スピアーズも傷だらけになりながら果実をもぎ取る経験をしてきた。その延長線上に、今度の85分プラスアルファがあった。
田中が会見し、齋藤が取材エリアに出るまでの間、スピアーズ陣営もマイクを握る。主将の立川は淡々と述べる。
「皆の表情を見てもまだまだこれじゃダメだというような雰囲気でした。もちろん、嬉しい気持ちはあったんですけど、次のファイナルに向けて切り替えていた。チームとして成長していると思っています」
旧トップリーグ時代に下部リーグも経験した33歳のリーダーは、優勝経験者を下してまもなく優勝候補の態度を貫いていた。