2013年、横浜の片隅に蒔かれたラグビーの種は、芽吹き、花を咲かせていまもしおれていない。
大輪の花ではないけれど、子どもたちの笑顔がたくさん集まる。それは、この先の日本ラグビーを支えていくものの一部だ。
NPO法人『YNUスポーツアカデミー』は、横浜国立大学が取り組む地域貢献活動だ。
野球やサッカーなど、いくつかある活動の中のひとつがラグビーユニット『YNUS RUGBY ACADEMY』。『YNUS』はワイナスと読む。
当時は、同大学ラグビー部の監督を務めていた稲口和也さんがワイナスラグビーアカデミーの運営の中心となっていた。
その意志を引き継ぎ、現在の代表となっているのが小林亮平さんだ。1989年生まれの情熱家である。
アカデミーに所属している子どもたちのほとんどはラグビースクールでプレーしている。
平日も、もっとラグビーをしたい。
そんな子どもたちの願いに応えている。
「週末のスクールでの活動にプラスαでラグビーを楽しみたい。自分たちのスクール以外の仲間たちと交流する。そんな時間を楽しんでほしいと思ってやっています」と小林さんは話す。
「子どもたちは、スクールでしっかりした指導を受けていますから、ワイナスでは、とにかく楽しんでほしい。コーチたちも褒めてばかりです。 毎回楽しかった、もっとやりたいな、と思いながら帰ってほしいと考えています」
狩野太志コーチも同じ気持ちだ。
活動場所は横浜国立大学フットボール場(人工芝)。火、水、木の夜に2つずつ設定されているクラスに、複数回通う子どもたちも少なくない。
現在は6クラスあるうちの4つの小学生クラスはキャンセル待ち。平日も楕円球を追いたい子どもたちが多くいる。
それでも1クラスを20人としているのは、スペースの都合やコーチングの浸透度など、子どもたちの快適度を最優先としているからだ。
無理をしない。それが安心と継続の実現につながる。
2022年夏、小林さんは子どもたちへ大きなプレゼントをした。毎回使っているグラウンドに、照明を常設したのだ。
格段に明るくなり、ボールが見やすい。子どもたちの笑顔もよく見える。簡易照明を毎回用意し、設置する手間もなくなった。
「いいことしかないですね」と小林さんの表情もほころぶ。
チャンネル登録者数50万人を超える人気YouTube『バンクアカデミー』を運営する小林さんが私財を投じて設置した照明は、母校・横浜国立大へ寄贈した形となった。
学長から感謝の気持ちを伝えられる場も設けられた。
しかし、小林さんに威張る様子は微塵もない。ニコニコして話す。
「このアカデミーが大好きなので。もちろん子どもたちのためではあるのですが、半分は自分のためですし」
みんなの喜ぶ姿があれば、それでいい。
神奈川・桐光学園、横浜国大でラグビーをプレーした小林さんは、卒業後に三菱UFJ銀行のラグビー部にも入った。
しかし、26歳でメガバンクを辞めた。
自分が本当に好きなもので、真に人から感謝されることを仕事にしたいと考えたからだ。
2015年12月、ラグビーと生きていくと決心した。
2015年といえば、イングランドでのワールドカップで日本代表が南アフリカ代表に勝った年。
世界を驚かす勝利を挙げたブレイブブロッサムズが背中を押してくれた。
会社に退職の意思を伝えたのは南アフリカ戦の10日後だった。
小林さんは、そのときの感情をアカデミーのホームページに「不安と恐怖。人生で初めて足が震えましたが、迷いはありませんでした」と記している。
安定した仕事から離れることに反対の声も耳に入ったが、自分の心に正直に生きた。
会社を辞めた後はニュージーランドに渡り、コーチングライセンスを取得。現地クラブでプレーし、王国の空気を吸い込んできた。
大事にしている「子どもたちのスマイルをゴールにする指導」スタイルは、同国のコーチたちも心掛けていることだ。
小林さんも、子どもたちを楽しませることをいつも考える。
取材に訪れた日は、プロキッキングコーチの君島良夫さんをグラウンドに招いていた。
ポジションに関係なく誰もが笑顔に。楽しそうな声が夜空に響いた。
今年はサマーキャンプなども実施できたらいいな、と思っている。このメンバーでチームを組んで、他のアカデミーとゲームをできたら楽しそうだ。
好きなことに没頭する生活は充実している。自分に正直に生きる人生は充実している。
日本がラグビーの国になる日を夢見て生きている。