これが重圧というのか。
小泉怜史が思い知ったのは、ゴールデンウィークの最中のことだ。
所属する三菱重工相模原ダイナボアーズは、加盟するリーグワン1部の入替戦に突入していた。2部の豊田自動織機シャトルズ愛知との、負けられない2連戦を見据えた。
5月6日の第1試合が近づくにつれ、小泉は普段と違う感覚を抱いた。
思ったように身体が動かない。担当する可能性のあったゴールキックの練習でも、球をゴールポストの間に通せない。
「うまくはまらないというか…。準備ができているはずで、自分でも落ち着いているつもりだったのですが、なかなかパスがうまくいかなかったり、キックが当たらなかったりとずれがあった。コンバージョン(ゴールキック)も、(蹴り方は)何も変えていないのに真ん中からも外れて…。見えない(無意識の)ところで、プレッシャーがあったのかなと」
トンネルを脱したのは、チームに携わるメンタルコーチの話を聞いてからだ。
「一試合、一試合、自分が成長できるポイントを作り、達成していく。その普段と変わらないことをしていれば大丈夫だ」
初戦の当日、会場の愛知・パロマ瑞穂ラグビー場でのウォーミングアップ時こそ「いつもと違う。ふわふわしているな」と首を傾げたが、キックオフを迎えたら「落ち着いてプレーできた」という。
WTBで先発した。陣地の取り合いで、得意の左足のキックが冴えた。幼少期からサッカーをしており、両足で蹴られるのは強みだ。
「キックは負けたくない。リーグワンでも通用する部分かな、とも思います」
後半26分にはトライも決め、59-21で勝つまでフィールドに立った。
話をしたのは9日。神奈川・海老名運動公園陸上競技場での2戦目を控え、相模原市内の本拠地で汗を流していた。
「入替戦ではなく、(優勝を争う)プレーオフのつもりで戦っています。やってきたことを100パーセント出すことが大事。グラックス(グレン・ディレーニー ヘッドコーチ)も試合(初戦の)後、『まだハーフタイムだ』と話しています。気を引き締めていく」
ご当地選手である。3歳の頃から在籍した相模原ラグビースクールは、ダイナボアーズと同じグラウンドを使うことがあった。
日曜の活動日に選手に来てもらったことも、ダイナボアーズのイベントでスクラムマシンを使った体験コーナーへ参加したこともあった。
後にダイナボアーズの先輩になる徳田亮真、阿久田健策とは、スクール生時代にも交流があったような気がする。その時に使ったスクラムマシンは、いまも「職場」になった相模原のグラウンド脇で保管されているのだとわかった。
「だから、他のチームは考えてなかったです」
小学校を出てからは、私立の桐光学園中で楕円球を追った。高校は東京の早稲田実業を選んだ。
かつて父がプレーし、日本有数の伝統を誇る早大ラグビー部に憧れていたからだ。系属校からなら、早大へアクセスしやすいと考えた。
「もともと大学へは受験して行こうと思っていました。ただ、中3で神奈川県スクール選抜に入って大会に出た時、早実の関係者の方が来ていて。僕が声をかけられてはいなかったのですが、自分から『(入試の)パンフレット、もらっていいですか』と言ったのがきっかけです」
これから発展するクラブを強くしたい、との思いもあった。部活動のための推薦制度がない通称「早実」では、3年時に同部史上82季ぶりに全国大会へ出た。都大会の決勝では、有力選手を集める國學院久我山高に43-19で勝った。
「自分たちの描いていたゲームプランが本当にはまった。点差も予想していた通りでした」
作戦を立てたのはヘッドコーチの大谷寛氏。スポーツ放送局でラグビー中継を担当する。
「たくさん試合を観ているだけに、戦術、サインプレーは本当に凄かった」
この環境のもと、日本でチャレンジャーの立場にあるダイナボアーズでも通じる着想が得られたのではないか。小泉は述懐する。
「限られた人数のなかでどう勝つか。そこで(培った)分析の力はいまでも磨かれ、活きていると感じます」
内部進学した早大では、3年目から本格的に1軍に絡んだ。競技継続を前提とした就職活動を始めるなか、地元に錦を飾りたい思いは高まっていた。
かねて面識があった石井晃ゼネラルマネージャー、松永武仁チームディレクターらへ、入部希望を伝えた。正式にオファーを受け、2023年度の新加入選手となった。
「声かけていただいたらすぐに行きますと言っていたので、それが叶ってという感じです」
リーグワンは今季から、「アーリーエントリー」の制度を適用する。1月までの大学選手権終了後であれば、卒業前の大学4年生も所定の手続きを踏めばリーグワンの公式戦に出られる。地元出身者である小泉は、今季の第15節でデビューを飾った。
ここからは勉強の日々だ。
都内の秩父宮ラグビー場で、東芝ブレイブルーパス東京に19-52で敗れた。CTBのセタ・タマニバルと対峙し、実感した。
「ハンドオフ、コンタクトが強い! という印象でした」
続く最終節は地元の相模原ギオンスタジアムで迎え、リコーブラックラムズ東京に21-31と屈するまでの間にFBのアイザック・ルーカスに驚かされた。
「凄いステップワーク。大学の時だったら止めることができている間合いでタックルに行ったのですが、それでも抜かれていた。これがトップレベルかと、痛感しました」
リーグワン1部のチームでレギュラーを獲れたからこそ、いいレッスンを受けられたとも取れる。
今度の入替戦を乗り切り、来季も進歩を重ねたい。