感極まったか。
九州電力キューデンヴォルテクスの高井迪郎主将は「なんだろな…。やっとこの舞台まで来られたというのと…」と言葉を紡ぎながら、「あぁ、すいません」と、何かを、こらえていた。
5月5日、東京・江東区夢の島公園競技場の小部屋でのことだ。高井は記者会見に出ていた。
この日は加盟するリーグワンで、2部・3部の入替戦があった。
3部2位のキューデンヴォルテクスは、2部で5位だった清水建設江東ブルーシャークスとの2連戦の初戦を制していた。48-0。完封勝ちだ。
昇格するか、残留するかは、2試合を通じての総勝ち点数または得失点差で決まる。この午後の白星が全てを保証するとは限らない。
とはいえ、挑む側のキューデンヴォルテクスが快勝したのは確かだった。
何よりキューデンヴォルテクスには、リーグワンにおける九州唯一のクラブだという背景もあった。リーグワン発足が決まってからの約2年で、九州を拠点とするチームがふたつも活動を止めていた。
入社11年目で33歳の高井が感慨深げに語るのは、自然だった。
隣に座るゼイン・ヒルトン ヘッドコーチは「(現体制が発足した)4年前から少しずつビルドしてきています。私たちにとって、九州にとってこの試合にどれだけ大きな意味があったか。それを、噛みしめています」とフォローする。
少し時間を置き、高井は「…落ち着きました。大丈夫です」と続けるのだった。
「これまで培ってきたものが少しずつ形になっている実感がありますが、来週にもゲームがある。清水さんは、来週、必ず49点以上を取りに来ようとする。僕たちも全部がよかったわけではない。反省すべきところは反省し、来週につなげたいです。ただ、今日の勢いは、絶対、使いたいです。しっかりリカバリーして、清水さんを100パーセント(の状態)で迎えたい。きょう、清水さんが100パーセントで向かって来てくれたのと、同じ気持ちで…。以上です」
最高気温24度という季節外れの暑さ、強風にさらされるなか、キューデンヴォルテクスは一貫して粘った。局所的にこそ力強さを示してきたブルーシャークスへ、組織的な防御、接点への反応で対抗できた。
セットプレーでも優位に立ち、風上だった前半だけで36-0と大差をつけた。高井の述懐。
「(首脳陣が)準備してくれたものを遂行しようと話していて、準備してくれたことを、やった。それだけです。もちろん(相手にも)いい選手がいるし、フィジカルで(力強く)くると思っていましたが、僕たちもむちゃくちゃしんどい練習をしてきました。今週もバチバチに(コンタクト練習を)やっています。(隣のヒルトンを指さして)けが(人が出るの)は怖くないのかな…と思いながら! …僕たちが自信を持って臨めたのが、一番(の勝因)です」
地上戦で殊勲者がいる。32歳のコルビー・ファインガアだ。
オープンサイドFLとして先発し、大きな突破、相手の反則を誘う走りを披露した。
さらには、接点の球に何度も絡んだ。自陣の深い位置に入り込まれた後半開始早々には、その得意技でペナルティを誘発。向こうが巻き返してくるのを防いだ。
「私のプライドとして、接点、ディフェンスでどれだけ(爪痕を)残せるかを考えている」
母国オーストラリアでは、かつてヒルトンが率いていたレベルズにも在籍。近年は欧州で活躍も、家族の住む故郷に比較的、近いことから今季、来日を決めていた。
それまでプレーしていた環境と比べ、試合の強度がより限定的となりそうではあった。ファインガアは、変わらなかった。
「どこにいようと、自分が一番、いいプレーをしようと考えていました。チームにも2部に上がるというゴールがあった。毎週、毎週、成長し、一番、いいラグビーをしようとしてきました」
身長184センチ、体重99キロというサイズは、同じFLである高井の187センチ、99キロよりもやや小さい。世界トップレベルの舞台にあっては、決して大柄とは言えない。
それでも、一時はオーストラリア代表にもリストアップされている。キューデンヴォルテクスでも、自ずと周りの規範となった。
NO8で25歳のウォーカー・アレックス拓也は、自らが課題としている防御についてファインガアに質問攻めしてきた。多くを学ばせてもらった「いい先輩」について、こう証言する。
「ストイックですね。彼はプロ選手で僕は社員選手。(スケジュール上)一緒にウェイトトレーニングをする機会はあまり多くないのですが、何回か一緒になった時に、彼はひとつひとつ(の記録を)ノートを取っていた。ベンチプレスを挙げる時は、どれだけ速く挙げられるかを測る速度計のようなものをつけて『先週よりも○秒、速くなった』と詳細に記録していた。こういうマメな選手が上のレベルで戦えるんだろうなと、びっくりしました」
勝利後の会見。高井が思い返すのは、旧トップリーグのカップ戦だ。
2019年初夏にあった同杯の予選プールへ、キューデンヴォルテクスは当時下部にいながら参加。トップリーグから挑んできたヤマハ発動機ジュビロ、NTTドコモレッドハリケーンズ、NTTコミュニケーションズシャイニングアークス、宗像サニックスブルース、東芝ブレイブルーパス(それぞれ当時名称)と同組となった。
全敗した。そのうち4試合はワンサイドゲームだった。
当時、就任して間もなかったヒルトンは、こう激しく説いたのだと高井は言う。
「このチームを守りたくないのか!? おまえらがチームを変えたいんだろう!? 相手がトップリーグのチームだろうが、何失点しようが、隣の味方と一緒にディフェンスをしたいと思え!」
以後、もともとクラブの伝統だった防御を段階的に磨き直し、ファインガアのような渋い実力者を招き、いまに至るわけだ。高井は続ける。
「システム、個人のタックルスキルはもちろん、メンタルの部分が、一番、変わったと思っています」
同カード2戦目は13日、佐賀・駅前不動産スタジアムで実施される。開き直って攻めてくる上位層の相手を、キューデンヴォルテクスは確たる「メンタル」で跳ね返したい。