5月1日、エディンバラに着いた。
忽那健太(くつな・けんた)の新たなチャレンジが、本格的に始まった。
日本を発ったのは4月6日。福岡発、シンガポール経由でロンドンに到着した。
クラブチーム、ロンドン・ジャパニーズの活動に加わったり、ラグビー校を訪ねたり、目指すスコットランドでの生活環境を整える期間を経て、5月の声を聞くと同時に目的地に立った。
まずは現地『ヘリオッツ』の、アマチュアクラブに加わる予定にしている。
そこから一歩ずつ前へ進み、現地でプロ選手としてプレーするのが目標だ。
一度は絶望の淵に立った男が、スコットランドで初めてプロとしてプレーするファーストペンギンとなることを目指す。
群れから離れ、困難が待つかもしれない海に最初に飛び込み、仲間の進むべき道を切り拓く。
それがファーストペンギンのスピリットだ。
忽那がそんな生き方を選ぶのは、「人はいつか死ぬのではなく、いつでも終わる可能性がある」と、癌宣告を受けて知ったからだ。
生きたいように生きよう。そう思い、日本を飛び出した。
28歳。松山ラグビースクールがラグビーライフの原点だ。
城西中、石見智翠館、筑波大、 Honda HEATと歩んでいた道が突如途切れたのが2020年。2021年には膀胱癌と診断された。
入院、手術、治療を経て、社会復帰。一度は離れたラグビーの世界に戻った。
日本を離れる直前まで、名古屋学院大でコーチを務めた。学生たちとの時間は濃密だった。
愛知県内の中学校で保健体育科の非常勤講師を務めていた。その情熱的な性格を見込まれて道徳の授業も任された。
自分のことを「情熱点火人」と言う男の言葉は若者だけでなく、先生たちの気持ちも熱くした。
情熱点火授業は評判を呼ぶ。学校の枠を超えておこなわれることもあった。
夢を見よう。目標を持とう。失敗や挫折の先に光がある。
「人生で起こることすべてに意味がある」と繰り返した。
その言葉を聴く人たちの目は、いつも輝いていた。
教室の熱。グラウンドの青春。それらを感じられる生活は充実していた。
しかし、そこから離れる道をあえて選んだ。
自分を必要としてくれている人たちがいる場所から誰も知らないスコットランドへ向かったのは、口にしてきたことを実行するためだ。
自分にとっての夢、希望ってなんだ?
「病気が治ったらプレーをしたい、と思ってきました。ラグビー選手としての火が消えていなかったんです」
その気持ちに素直になった。そして、まだ誰も成し遂げていないところで挑んでみようと考えた。
命は有限。思い残すことは嫌だった。
今回のチャレンジは、すべて自分自身でアプローチすることから始めた。
ビザ取得。現地のあちこちのクラブへ、自作の売り込みシートを送る。夢と情熱を伝え、応援してくれるスポンサーも得た。
必死に行動していると、手を差し伸べてくれる人たちと出会う。
「多くの人たちの優しさが嬉しい。出会いに感謝です」と顔をくしゃくしゃにする。
忽那は映画『フォレスト・ガンプ』が好きだ。
一途に走り続ける中でいろんな人と巡り合い、様々な出来事を経験する。人生は一期一会の連続だ。
「縁の連続と実感しています」
忽那は自分が好きだ。
「ナルシストではなく、おっちょこちょい、ダメで、失敗するところも含め、俺ってかわいいな、と」
子どもの頃、母に「自分にとってのベストフレンドは自分よ」と言われた。
自問自答の人生を楽しみながら生きている。
死に直面した時には辛かったけれど、あの絶望があったから気づいたことがある。
人間万事塞翁が馬。「すべてが用意された旅やチャレンジはつまらない。出会いによって変わる人生が楽しみ」とワクワクしている。
やるか、めっちゃやるか。
スコットランドでも、その揺るぎないマインドがいちばんの武器になる。