ラグビーリパブリック

【ラグリパWest】勝たせる。クウェイド・クーパー[花園近鉄ライナーズ/スタンドオフ]

2023.05.03

花園近鉄ライナーズのリーグワン一部からの降格を阻止しようとするSOクウェイド・クーパー。こちらから要望がなくとも、ピースサインをしてくれた。入替戦に向けても、この世界屈指の選手は入れ込まず、自然体で臨む。



 取材後、写真をお願いした。クウェイド・クーパーは笑顔でピースサインをくれた。こちらから要望は何も出していない。

 死ぬか、生きるか—。

 そんな入替戦を前にしても、自然体。気負いはない。さすが、「キング」。スタンドオフとしてオーストラリア代表、愛称「ワラビーズ」のキャップを76重ね、花園近鉄ライナーズを統べるのにふさわしい雰囲気が漂う。ワラビーとは小型のカンガルーのことである。

 チームはリーグワンで1勝15敗と最下位の12位に沈んだ。ディビジョン2(二部)との入替戦は5月7日。浦安D−Rocks(旧NTTコミュニケーションズ)と戦う。初戦は敵地、宮城のユアテックスタジアム仙台。正午にキックオフされる。

 チームはもちろん、クーパー自身にとっても相当厳しい一戦になる。左のアキレス腱断裂から本格的な復帰戦になるからだ。

「練習を見てもらえましたか? 動けているでしょう。大丈夫。アキレス腱は問題ありません」

 試合形式の練習では司令塔として入る。セミシ・マシレワには背中越しに放るバックフリック、ジョシュア・ノーラにはノールック。2つの難しいパスを決める。
「彼らはボールさえ渡せば、パスをした私が天才であるように走ってくれます」
 クーパーは捕球者を讃える。若かりし頃、突飛な言動で「悪童」と呼ばれた姿はどこにもない。35歳になり、ますます成熟する。

 ミスが出れば、練習を止めることもある。注意を発する。本物のプロとして見過ごせない。そのひとつから試合が破綻することを知っているからだ。GMの飯泉景弘は言う。
「クウェイドが入ると練習すらピリッと締まります」
 試合より練習の方が緊張する若手がいる。チームにはよい負荷がかかる。

 アキレス腱断裂に見舞われたのは昨年8月6日、ザ・ラグビー・チャンピオンシップ(南半球4カ国対抗)のアルゼンチン戦だった。

「相手選手をハンドオフで交わし、ギャップを突こうとした時、アキレス腱に思いっきり蹴られたような痛みが走りました。でも後ろには誰もいない。ああ、やってしまったな、と。今まで見たり、聞いたりしたことが走馬灯のように脳裏によみがえりました」

 兄と慕うSBW、ソニー=ビル・ウィリアムズも受傷経験者だった。センターとしてニュージーランド代表キャップ58を持つ。パナソニック(現・埼玉)でもプレーした。

 当時、クーパーは34歳。選手生命を左右するケガをしたにも関わらず前向きだった。
「次のチャレンジがやってきた、という風にとらえました」
 18の年から17年間をプロ選手として生き抜いてきた自信と誇りが底にはある。

 アングリカン・チャーチ・グラマースクールを卒業後、スーパーラグビーのレッズに入団した。生まれ育ったのはニュージーランドだが、13歳の時に家族でオーストラリアに移住する。アキレス腱を切ったあとは、同国で治療とリハビリに専念した。

「ケガをしてから9か月、ハードワークに徹してきました。でも、それだけではありません。私はこのチームに来てからの4年間、一生懸命にやってきたつもりです」

 チームに加入したのは2019年の9月だった。2年前にワラビーズに復帰する。そして、このチームを一部に上げた。

 日本に戻ってきたのは3月16日。その翌日の東京SG戦(旧サントリー)を秩父宮で観戦した。そして、リーグ戦は最終となる4月22日の東葛戦(旧NEC)でシーズン初出場、初先発をする。ただ、最初の1分でグラウンドから退いた。

 その理由を飯泉は説明する。
「クウェイドは最初、10人の外国人選手登録から外していました。シーズン中に登録した場合は、わずかでも試合出場をしていないと入替戦には出られないのです」
 最初、チームは治らない、「最悪」を想定した。アキレス腱断裂からの復帰は9か月かかる、と言われているからだ。

 しかし、入替戦に間に合うメドが立った。そのため、1分での交代になった。東葛の勝敗に関わらず入替戦出場は変わらない。チームは残り2戦に万全を期した。

「我々は有利なんです。うまくいかないシーズンでしたが、ディビジョン1という高いレベルでやってきたのですから」

 そう話すクーパーに対して、花園近鉄はこのシーズン末で切れる契約を延長する方向だ。書面は交わしていないが、お互いがサインする確率は高い。

 頼りとするのは日本のチームばかりではない。4月26日、エディー・ジョーンズが東花園を訪れ、クーパーと面談をした。

 イングランド代表からワラビーズのヘッドコーチ(監督)になったジョーンズは太平洋を北上して、クーパーに会いに来た。秋のワールドカップ召集を視野に入れる。それだけの期待がこのベテランにはかけられている。

 ゴールデンウィーク最終日の試合は海外からも注目されることになった。

 勝てる? 「もちろん」

 アキレス腱断裂から復帰即、創部95年目の紺エンジのジャージーを残留させる。またひとつ、伝説を作り上げる気概が今、クーパーの中で満ち満ちている。


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