コベルコ神戸スティーラーズの濱野隼大が、爪痕を残した。
4月23日、東大阪市花園ラグビー場。加盟するリーグワン1部の最終節に本職のアウトサイドCTBで先発。戦前に4強入りを決めた横浜キヤノンイーグルスに26-52と敗戦も、自身は前半から鋭いタックル、カバーリングを重ねた。
さらに後半開始早々には、グラウンド中盤でこぼれ球を拾うや右奥のスペースへキック。弾道を追う。一緒に走っていたのは味方WTBの中孝祐。相手が駆け戻って蹴り返したボールを、中がチャージした。そのままトライを決めた。
21歳の濱野は、心で誓っていた。
「最後の試合。強みを出して楽しもう」
さかのぼって2月5日。神奈川・相模原ギオンスタジアムでリーグワンデビューを飾った。三菱重工相模原ダイナボアーズとの第7節だ。
この日は前半20分、自身初トライをマークした。敵陣10メートル付近左で球を受けると、目の前に2人並んだタックラーをかわして加速。追っ手も振り切った。以後は5試合連続でスターターとなり、最終節までに9試合に出て2トライを奪う。
対戦チームによっては、自身の対面に各国代表級を並べる。厳しいシチュエーションにあっても、「通用するところがあった」と濱野。準備を実らせるほど、自信をつけた。
「スピード(を活かすこと)とスペースを見つけることが得意。毎試合、毎試合、その週で『相手がどんなディフェンスをするか』を知る。そうするとどこにスペースがあるのか、だいたい、わかってくるので、それを試合の日でやる、という感じです。毎試合、毎試合、出ることで、自信がつきました」
身長180センチ、体重93キロと恵まれたサイズを有し、50メートル走のタイムは「6秒とちょっと」。球をもらう瞬間の加速力で、相手防御を置き去りにできる。その長所を今季、存分に披露できたのは、自分を変えたからだ。
かねて期待の星だった。地元の兵庫県から最初に海を渡ったのは、小学5年の頃だ。通っていた三田ラグビースクールがオーストラリアのシドニーと交流していたため、渡豪する機会があった。
中学2年の夏休みには、ニュージーランドのロトルアボーイズハイスクールに短期留学を果たす。すると翌年2月からの約4年間、ロトルアで揉まれることになった。単身で寮生活を送った。
逆輸入戦士として現スティーラーズに入ったのは2020年2月だ。18歳にしてプロ選手となった。ここで待っていたのは、厳しい現実だった。
海外出身者らとの定位置争いに手こずった。一時は、自慢の快速ぶりを活かし切れていない感覚があった。
このままではいけないと感じ、体脂肪減を目指した。そう。自分を変えたのだ。
毎朝6時までにクラブハウスへ訪れ、走り込みを重ねた。元日本代表の右PRである山下裕史がそうしているのに倣った。
食生活も改めた。それまで好きなものを、好きなだけ食べていたのを見直し、高たんぱく低カロリーのメニューを意識した。
「僕、ハンバーガーがめちゃくちゃ好きなんですけど、あまり食べないようにして」
身体つきは変わり、走りやすくなった。果たして出場機会を得たら、自分の力を表現できた。
チームは過去ワースト9位と低迷した。「チームとしてはハードワークしていたんですが、キーモーメントでミスをしてしまった」と濱野。オフシーズンはその理由を分析しながら、自らの課題も克服したい。
防御の出足、連係について「まだ経験が足りない」と感じたようだ。イーグルス戦でCTBのコンビを組んだリチャード・バックマンへヒアリングし、よりよいディフェンダーを目指す。
苦しむ所属先に活力を与える「風」になりたいと、濱野は言う。