集まろう。韓国語のモヨラとは、そんな意味だ。
JR九州の赤間駅の北口から徒歩で約6分。韓国チキン『モヨラ』は、2022年8月にオープンした。同年5月で休部となった宗像サニックスのCTBとして活躍していた王授榮(わん・すよん)が営む。
赤間駅は、開催中のサニックスワールドラグビーユース交流大会の舞台、グローバルアリーナの最寄り駅。無料シャトルバスが発着する。
店主は馴染みのある土地で新しい人生を歩み始めている。
チームが歴史を閉じた昨年5月8日の豊田自動織機シャトルズ愛知戦(パロマ瑞穂/29-55)に12番のジャージーを着て出場した。
その試合が終わるまでプレーに集中。「あとのことは何も考えていませんでした」という。
「実はシーズン前に最後の年にしようと決めていたんです」
チームはリーグワン2022の開幕後に休部検討→決定と発表したが、前年から強化縮小の動きがあった。
そんな中で迎えた2022年シーズン。王は、すべて先発で8試合に出場してジャージーを脱いだ。
ブルースには9年在籍し、「やり切った。そんな感覚がありました」と話す。
「若い頃は自分のプレーに集中していればよかったのですが、チームのことも考える年齢になっていました」
休部が決定し、未来が見えない中でのラストシーズンも気丈に戦えたのは、チーム愛を最後まで貫きたかったからだ。
「みんなの残りの人生に少しでもプラスになるような時間にしよう」と周囲に呼びかける姿があった。
シーズン後、声をかけてくれた人がいた。ブルースでともにプレーした権正赫(クォン・ジョンヒョク)だった。
三重・朝明高校の先輩にもあたる人だ。
先輩は、赤間駅近くでスポーツバー『BRAVO』を構えていた。
昼間は営業していないから使っていいぞ。
そんな誘いだった。
「料理をするのは好きです。飲食店をやってみたい気持ちもありました。ただ、まったく違う世界も見てみたかった。なので、いまはしなくてもいいかな、と思いました」
でも、優しさに惹かれた。
「(権さんは)いずれ俺たちは一緒に仕事するんだよ、といってくれたんです」
それなら、と決断した。
「新しいことを始めるにはタイミングも必要だし、思い切り、勢いも必要だと思って」
韓国・ソウルに近い、京畿道・一山(いるさん)の出身。友人からの誘いもあり、幼い頃からラグビーに興じた。
ラグビー愛好家が多い日本へ早く行きたいな、といつも考えていた。
兄・鏡聞(きょんむん/2022-23シーズンはコベルコ神戸スティーラーズ)が三重・朝明高校に進学するのを機に、自身も日本へ。養正中ラクビー部に所属していた2年生時、四日市市立三滝中に転校した。
ポジティブな性格。最初こそ日本語に苦しむも、コミュニケーション力を活かして友人を多く作った。
困難にも屈しない強さがある。
朝明高校を卒業した後は、大体大に進学。ラグビー部で活躍も、3年生時に家庭の事情で学生生活を送ることが難しくなったときも自ら扉を開いた。
授業料を工面する方法はいくつかあった。しかし、どうせ高いレベルでラグビーを続けていきたいと思っているのだから、「すぐに飛び込もう」と決断する。
「生きていくお金は自分で稼ぐ」と宗像へ向かい、ブルースに飛び込んだ日が懐かしい。
チャレンジ精神は、いまも持ち続けている。
飲食業で成功するのは簡単ではない。「苦労しかない」とあっけらかんと言う。「でも、それも楽しいんですよ」と前を向き続ける。
ラグビーなら、必死に練習し、死ぬ気で挑めば結果はついてくる。しかし、客商売は「自分が頑張ったからといって、お客さんが来るわけではないですからね。でも、まだ1年目です。少しずつお客さんもついてきてくださっているので頑張ります」。
韓国のレシピで作っているから味には自信がある。韓国のお客さんがよく来てくれるのが、何よりの証拠だ。
「自分がプレーしていた頃は、他の人のラグビーのことはあまり興味がなかったのですが、いまはブルース時代の仲間たちの活躍をチェックしています」
人懐っこい笑顔も、馴染みのお客さんを作る武器になっている。