ラグビーリパブリック

【コラム】若者に時間と機会を――高校ラグビーへの期待。

2023.04.27

昨年は花園出場を逃した桐蔭学園は、春の高校王者に(撮影:髙塩 隆)

 舌を巻く。手元の辞書を引くと「(相手に圧倒されて)非常に驚く。感心する。」とある。3月末に熊谷ラグビー場で開催された全国高校選抜大会。優勝した桐蔭学園の圧巻の攻守を目にするうちに、その言葉が頭に浮かんだ。

 まず一人目が当たり勝つ。続いて殺到するサポートプレーヤーが塊ごと飲み込むように接点を乗り越える。勢いとスペースを得た後続の選手たちは余裕を持って相手防御を攻略し、悠々とインゴールを陥れた。

 複雑なムーブや奇をてらう仕掛けは皆無。あらゆるプレーの土台となるコリジョンの局面を支配し、シンプルに試合を組み立てる。ごまかしのきかないスタイルだからこそ、相手にすれば対処の手段がない。「どうしようもなかった」。大会期間中、対戦したチームの監督2人から同じ言葉を聞いた。

 昨年11月20日。神奈川県予選決勝で東海大相模に1点差で敗れ花園出場を逃した。今季はその試合に先発したメンバーが9人残る。もともと充実の戦力を擁するチームが、花園に出た他校よりひと月早く始動したのだから、強いのは当然かもしれない。藤原秀之監督も、「やっぱり1か月の差は大きいですよ」とアドバンテージを認める。

「フィジカル、キャッチパスと、ラグビーのベースとなる部分にじっくり取り組むことができた。例年なら花園が終わってすぐ新人戦なので、目の前の試合をこなすだけで精一杯になってしまいますから」

 並みいる強豪を圧倒した迫力あるパフォーマンスは、単に準備期間の違いだけでは説明がつかないほどの力の差を感じさせた。一方でこれまではやりたくてもできなかったパートにじっくり手をつける時間ができたことで、ポテンシャルがさらに引き出されたのも確かなのだろう。そこに危機感と雪辱への強い思いが重なった結果が、今回の圧勝劇だった。

 そしてここで思考は飛躍する。花園に出場したチームも同じようにしっかりとステップを踏んで臨めば、選抜大会はよりハイレベルで実り多い機会になるのではないか、と。

 試合続きで本来必要な基礎練習や心身のコンディショニングに取り組む時間がほとんどない――という声を、これまで強豪校の指導者からしばしば耳にしてきた。花園後に前年度のチームから代替わりするや、息つく間もなく新人戦が始まり、ブロック新人大会、全国選抜大会と強度の高い公式戦が続く。5月6月には春の都道府県大会とブロック大会が行われ、7月の全国7人制大会、8月の夏合宿とブロック国体を乗り切れば、もう花園予選は目前。まさに「目の前の試合をこなすだけで精一杯」という状況だ。

 そうした過密スケジュールの解決策として、近年高校ラグビーの現場でよく取り沙汰されるようになったのが、「全国選抜大会と全国7人制大会の時期を入れ替える」というアイデアである。7人制大会を3月末に移動し、春の都道府県大会、6月のブロック大会を経て、7月に選抜大会を開催する。これなら花園出場校も、1月から4月までのほとんどをケガからの回復やベースアップにあてられる。予選敗退したチームにしても、たっぷりある準備期間を活用してより強固な礎を築けるだろう。実戦経験の不足は、計画的に練習試合を組むことでカバーできるはずだ。

「春に7人制、夏に選抜」のスケジュールは、部員不足に悩むチームにも大きなメリットがある。3年生の引退後、1、2年生だけで15人をそろえられる学校はいまや少数派だ。高校ラグビー最激戦区、大阪ですら今季の新人戦出場は合同チームを含めて「26」。香川県は新人戦に単独で出場できる学校がなく、県内の全部員となる20名で香川合同として四国新人大会に出場している。

 15人制では人数が足りないチームでも、7人制なら出場の可能性は確実に広がる。さらに選抜大会を夏開催にすれば、新1年生を加えた3学年でチャレンジできるので、3月時点でメンバーが足りない学校にもチャンスが生まれる。受験に向け夏で部活動を引退する生徒にとっても、区切りをつけるいい目標になりえる。

 冬の花園をめぐっては昨秋、鳥取県で単独チームとしてエントリーできる学校が1校しかなく、予選で1試合も戦うことなく出場が決まるという事態が発生した。これは、たまたま起こった異例の出来事ではない。競技人口の減少、特に高校ラグビーの部員減は、想像以上のスピードで進んでいる。このままなら早晩、他の地区でも同様のケースが相次ぐだろう。

 今年度から合同チームでの花園出場が認められるようになったのはひとつの前進だ。ただしそれはあくまで少人数チームで活動する選手の救済策であって、競技人口減少の抜本的な解決策にはならない。現在の時代背景やスポーツに求められる意義をふまえた上で、より多くの高校生たちの想いに応えられる形へと変えていくことが必要だと考える。

 この点で個人的にもっとも重要と感じるキーワードは、「均衡」と「安全」である。

 勝つか負けるかわからないからこそゲームはおもしろいのであり、力が接近した相手と拮抗した戦いを経験することでより成長は促される。可能な限りケガのリスクを抑える安全対策も、競技発展の重要なテーマだ。プレーレベルが均衡すれば、おのずと安全にもつながる。

 現状はどうか。花園の1、2回戦は大差試合になることが少なくなく、昨冬の第102回大会では35試合のうち30点差以上のゲームが17試合(約49パーセント)、一昨年の第101回大会では22試合(約63パーセント)あった。日程を見ると、大会初日の12月27日に1回戦があるチームを除きすべて中1日の連戦で、決勝進出校は9日間で5試合を戦っている(一昨年は決勝のみ中2日だったため10日間で5試合)。昨今の高校生のフィジカリティとゲーム強度の上昇を考えれば、「危険」ともいえる状況だ。

選抜と7人制の開催時期を入れ替えるアイデアを最初に教えてくれたのは、ユース世代のエキスパート、元日本代表の野澤武史さんだった。日本協会ユース戦略TIDマネージャーとして全国各地で高校ラグビーの現場を回る野澤さんは、かつて花園に関してもこんな構想を語っている。

「カップ、プレート、ボウルのように実力ごとにカテゴライズして、負けたチームも試合ができるようにしつつ、中2日あけながら全チーム最大で4試合までに抑える。同じレベルのチームと勝つか負けるかわからないゲームを数多くやったほうが選手たちも絶対におもしろいし、負けから学んだチームが最終戦で勝利を収めるなんて素敵じゃないですか」

 大会開催の準備から現場での運営まで奔走されている実行委員、スタッフの方々の尽力にはいつも頭の下がる思いだ。実現する上でさまざまなハードルがあることも重々承知している。一方で、これまでのやり方を続けるのが限界にきているのも間違いのない事実だろう。未来を担う若者たちのための英断を期待したい。